Dialogue Crystallization

【世界を編む編集者 Vol.1】社会は「誰」が変えるのか? 〜物語は、ここからはじまる

まこりん
2026年8月24日

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↑YouTube、公開しました。ぜひご覧ください
以下がテキストになります。

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こんにちは。“世界を編む”編集者
まこりんこと、長沼敬憲です
今日は「社会は誰が変えるのか?」というテーマで
お話ししていきたいと思います

1. 「世界を編む」ブランディングとは何か

まず本題に入る前に
「僕は何者なのか?」というところなんですが
僕はこれまで人や場の中にある
まだ言葉になっていない思いや願いを
対話を通して取り出す
という形で
ブランディングをする****仕事をしています

もともと出版がメインで
100冊以上の本を出してきたんですが
いま、大きく社会が変わるなかで
こうした形で「コア」を取り出すとこと
そのものに特化した形で
さまざまな事業を始めているところです

さて、そうした背景もありつつ
社会は誰が変えるのか?
なぜこのタイトルにしたのか
というところなんですが

未来が、これからどんなふうになっていくのか?

世の中が大きく変わろうとしている
と言われてますよね
ただいま一つ、自分自身の生き方と
つながっている感じがしない

AIも出てきて
インターネットもそうだし
いろんな形でテクノロジーって
変化してますよね

僕たちの日常の暮らしも
だいぶ様変わりしてきたし
これからは仕事の形も
だいぶ変わると言われています

言われてはいるんだけど
実態として自分自身が
本当に変化していくのかってなると
ちょっとおぼつかない
あまりつながっていくように
感じられない人もいると思うし

あるいは、自分が意味を見出して
やっていることが
本当に社会の変化に寄与するものなのか
そこがおぼつかないって感じている人も
いると思うんですよね

たとえば、僕の本をつくってきたという
自分のなりわいで言っても
それって何らかのメッセージがあって
それを受け取った人が
何らか意識や行動の変化
意識変容や行動変容をうながして

そうやって変化することによって
ゆくゆくは社会が変わっていくという
ベースにそういう願いがあるから
出版という分野が
これまで文化として続いてきたと思うんです

ただ、それが建前のような感じになっていて
目の前の**「どうしたらいいか」という
処方箋のようなものを
出すだけ**のような形になりかねない

そういう背景もあったし
じゃあ、自分がやっていることの
そもそもの意味って
どこまであるんだろうと
僕自身が問うところもあったんです

いろんなことをして
人に多少影響を与えようが
まわりに変化した人が現れようが
それは個人の生き方としては
いいかもしれないけれども
自分が社会に本当につながっている
という実感が持てていない

僕も50万部ぐらいの本を
過去に出したことがあるんですね
そういう制作に関わったこともあるし
自分でも累計でそれぐらいの部数の書籍を
企画編集して
世に出していったっていうところで

一人の人が変化しながら
社会、まわりの人を巻き込んで
物事が変わっていくっていう体験は
何回もしてはいるんです

ただそれが本当の意味での
人の変化にどこまでつながったのか
というところになると
自分自身やっていることに
どこまで意味があるんだろうと思ったことがあります

同じように、いろんな仕事をしていくなかで
自分自身の良心のようなものがあって
何らか世の中のためにと思って
やっていることでも

それがいったい
大きな大きな社会の流れの中で
どんな意味を持つんだろうと
ここで人のために何か尽くすことが
何につながるんだろう
そこである種の徒労感が
生まれることもある
と思うんですね

そういうことを問うていくなかで
新しい事業を始めるようになったんですが
そこでコアっていう概念を打ち出し
関わっている人たちと共有
するようになりました

「コアがあるか? ないか?」っていうところに
「社会は誰が変えるのか?」
そのカギが隠されている気がしています

誰が変えるのかっていうのは
言い換えれば、変えるのはあなたであり、
私であるっていう話の反語ですかね
表裏一体ですよね

誰が変えるのか?
自分です

でも、自分が努力して
能力や才能があって
それで自分の関わる領域で活躍をして
それができない人は
いったいどこに価値があるのかって
話になってしまいますよね

能力の有無っていうところで
じゃあ、能力がある人が集まらなかったら
社会は変わらないのか?
それはしょうがないんだ
そういう考え方の人もいますよね

だけど僕は、能力も必要だと思います
ただ、その人のなかにある大事なもの
願いというものがあって
それを「コア」と呼んでいるんですね

「自分にとって大事なものが
誰にとっても大事なものである」

そういった意味での「コア」というものを
人は内在させている

それは、誰にとっても
大事なものであるという
社会的な立場とか年齢とかキャリアとか
そこはあまり関係ない

かなりの人数の取材をしたり
対話をして
いろんな人とやりとりするなかで
わかってきたところ
その人がコアを持てているか、
持てていないか、というところが
社会と自分がつながる実感に
かなり大きなキーになっている

2. マスへの拡散か、深い「質」の伝播か

なので、自分がやっていることの
規模で見たときに
より多くの人に影響を与えるには
そういった物量的な
マーケティング、ブランディングをしないと
たくさんの人に届かない
それはそうかもしれない

だけど、質の面で見たときに
コアなものを
その人がどれだけ持っているか
その持っているものを
どれだけ大事にしているか
ということのほうが
最終的に作用する可能性、ポテンシャル
変容に作用するということですね

質として変わっていくというところに
寄与する要素になり得るのではないか
そして、その人は何らかの形で
コアと出会うわけですね

人生のなかで
その出会ったコアというのは
もともと個人で生きている
その人がこの世界とつながるような
体験をしているんですね

それを自分なりのナラティブ、ストーリーとして
持っている人たちが
結局は発信するわけです、メッセージを

それが、過去においては本になったりとか
いまもそうですけど
いまは本という形でない
さまざまな表現として、
多様化してますよね

そういった自分のナラティブを
持っているかどうかというところが
一つのカギですよね

3. 世界とつながる「コア」な体験とナラティブ

そのナラティブ、物語を持っているということは
いま言ったように
自分が世界とつながる体験をしている
自然とつながると言ってもいいかも
もともとの自分たちが存在している世界に
何らかの形で
アクセスしている
わけですよね

それは、自然科学をやっている
研究者であっても同じだし
日常で誰のためでもなく
何か好きなことをやっている場合も
あり得るかもしれない

いまやっている仕事のなかで
そういう体験をする人もいるかもしれない

4. コアを社会へ接続する「一元化」のプロセス

ただ自分が世界とつながり
つながったものを
今度は社会にまたつなげていかないと
人は自分のやっていることに
意味が見出しにくくなる面が
あると思います

最初に自然や世界と
出会うというところで
コアな体験があるはずだろうと
それは対話を通して
その人なりに持っているものを
僕は取り出すことができると思います

それは、体験としては
非言語のものに土台があります
ただ、その非言語のものを
何らか自分の言語に変えて物語化する
そこに、ノウハウやハウツーが
入る場合もあります
経営者が語る物語、ストーリーも
ナラティブは必ずあると思います

そこに必ずコアがある
ただ、コアを見落として
ノウハウやハウツーだけで
ストーリーを成り立たせていくと
それは、大きな意味で
質を変える作用にはなりづらい

ということなので
だから、どんな人もコアを持っていて
そこから生まれる物語は
必ず存在しているはずだと

ただ、最終的にはそのコアが
コアの源流である
この世界とか自然に留まっている限りは
その人は、自分がこの社会で
生きているという実感を
持っていないんですよ

だから何かの形で社会に出ていく
ただし、これまでの生き方のパターンで
社会に出ていくということだと
今度は自分が見出したコアを
そこに乗せることは難しいんですよ

だから、自分と世界
自分と世界と社会を地続にしていく
オンとオフとか
境界をなくしてつなげていく
二元化から一元化
という言い方をする人もいます

そのためにはどうしたらいいか
というところが
僕がいま形にしようとしている
コアなブランディングであり
世の中に広めるという意味では
コアなマーケティング
そういったものがあると感じています

それをどういう形で皆さんと共有し
それを分かち合いながら
一緒に動き出していくか
というところが
これからの時代の
新しい社会実験になると思います
社会実装するという
言い方をする人もいますよね

5. 社会を変えるのは「コアを持った個人の物語」

だから、社会は誰が変えるのか
といったときに
もちろん、一人一人なんですよ

ただ、それは条件があるんです
自分自身が変容させるような物語を
本来持っているはずですなのに
まずその物語をどれだけ自覚できるか

自分自身が自分自身のコアと
どこまで出会えるか
というところが入口で
コアがない状態で
社会にいくら何を働きかけようが
どれだけ努力して仕事をしようが
なかなか実感が持てないし
変化というものを体験できない

風の時代が来ようが
何の時代が来ようが
AIがどれだけテクノロジーが進化して
僕たちの生き方を変えるといっても
それは他人事になってしまいます

自分事に変えていくには
自分の中心にコアを置かないと
自分の物語は動き出せない
です

「コアを持って生きていく」

という決断をすることで
物語が第2章という形で始まっていくんですね

それを一つの本にしてもいいんですが
人生の中で自分のストーリーを歩んでいくのが
まずは大事じゃないでしょうか
それを分かち合える仲間を
増やしていくことが大事じゃないでしょうか

そんなことをまずお伝えしたいと思って
今回のお話をさせていただきました
また次回お楽しみください

ありがとうございました

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