第64回『小説でもどうぞ』公募に投稿予定の掌編。お題は『武器』。 応募後は非公開にします。
十八時の事務所。
会議が始まると、社員が目配せをしていることに気づいた。
「何? 言いたいことがあるなら、はっきり言って」
「いえ、何でもありません」
「そう。それで、会議録は大丈夫なの?」
「今、AIをオンにしました」
よそがそうしているように、先月からAIを使って、会議の文字起こしをしている。
それと最近、経営者の集まりで聞いてきた業務改善システムを導入した。これで効率も上がって、労働時間の短縮も図れるはず。最新のシステムを使えば、皆が喜ぶと思ったのに、まだ活用されていない。きっと、使い方がわからなくて、手を出さないに違いない。
それならばと、システム活用の講習会に社員を行かせることにした。役職のある社員に積極的に行ってほしいけれど、まずは希望者を募ってみる。
「業務改善システムだけど。まだ使っていないみたいね」
社員たちは、手元のレジュメに目を落としたままだ。
「あなたたちのために取り入れたのに、使ってもらわないと困るの。結構な金額をかけたのよ」
何人かの小さなため息が聞こえた。
「みんな、操作方法がわからなくて使えないんでしょう。活用方法の講習会が都内であるけど、誰か行きたい人は?」
誰も私を見ない。
「受講料は三万円、全額出します。ただし、終了後に社員全員に使い方の伝達講習会をすること。お金を出す以上、二年は会社を辞めないでもらう」
皆、黙りこくっている。ひとりも手を挙げない。なんなの。
「行く人はいないの」
問いかけると、アルバイトの彼が、そーっと手を挙げた。
彼だけなのか。仕事にも、休日のイベントにも積極的で、私の片腕だ。
でも。
本来なら役職のついている人間か、正社員が率先して行くべきなんじゃないの。
とくに役職者には、それなりのお給料を出しているのだから、そのぶん働いてもらわないと困る。
「もっと手が上がるかと思ったのに、がっかりしました。まあ、急な話というなら、会議の最後にまた聞くから、考えておいて」
社員たちがちらっとお互いを見やっている。
「何?」
「いえ」
それ以上は言わず、社員は小さく首を振った。
「じゃあ次、法定研修会、始めて」
「はい」
今回の担当者が立ち上がり『ハラスメント防止について』と書かれた資料を配り始める。
ここを働きやすい職場にするために、社員たちに言いたいことは何でも言って、と話している。嫌なら辞めてもらって構わないと、常々言ってもいる。だから、私のやり方に合わない人は、社内にはいない。
それでも、ハラスメントの研修を開催するのは、社員のため、対外的にわが社のホワイトさを示すためだ。
「……では、これで研修を終わります」
担当者が席に戻った。
「ご苦労様。来月の研修担当の人、よろしくね。準備は勤務時間内で一時間あげるから。それで十分でしょ」
次の担当者は黙ってうなずいた。
「ほかに、言いたいことのある人はいる?」
「あのー」
「何?」
「半期の決算を知りたいんですけど」
何を言い出すのかと思えば、そんなことを。
「ちゃんとやっています。わざわざ公表する必要はありません」
「でも、すごく忙しかったし、どうだったのかなと思って」
私は腕を組み、正面から見据えた。
「私を信用できないってこと?」
質問者は肩をすくめて、黙った。
「最後に、初めにした質問をもう一度します。今度はみんな、目をつむって挙手して」
社員たちは何も言わず、目をつむる。ゴソゴソと姿勢を正す音がする。
「業務改善システムの講習会に行く人」
もう一度、尋ねた。でも、手を挙げたのは先ほどと同じ、アルバイトの彼ひとりだけだった。
「皆さんの考えはわかりました」
なんでなの。
「会議の内容は、言った言わないにならないように、すべて記録されることを忘れないで。場の雰囲気や態度も分析できるAIなのよ」
講習会だけじゃない。この会議に出席しない社員もいる。
「それに、会議の出席率が悪いことも問題です。私は出席率を把握しているの。ボーナスの査定にすることも考えています」
私は当然の対策を打った。口の端が、わずかに吊り上がる。
皆、お金が欲しいに決まっている。役職だって、それで引き受けさせた。
お金を出せば、人は動く。
このやり方で、社員たちも態度を考え直すはず。
翌朝の事務所。
コーヒーメーカーがコポコポと音をたてている。マグカップを手にした社員たちが話していた。
「彼、今日はお休みだよね?」
「そう。終業後の会議、どうにかなんないのかな」
「六万円もらっても行かない」
「黙って自滅を待つわ。経歴に傷がつかないようにね」
「まあ、いざとなったら、AIに読み込ませた発言を、引っ張り出せばいいんじゃない」
「……もっと言わせておく?」
「そうだね、一日中、つけておいてみようか」
「あ、社長、おはようございます」
社員たちは、一斉に振り返って笑顔を向けた。
皆、楽しそうに出社している。
「おはよう」
私は満足して席に着いた。
コーヒーメーカーの影で、AIのランプが赤く点滅している。
