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「風に吹かれるように、パカッと開いたドアへ行く」

藤田一照インタビュー:アメリカ、身体、そして葉山への20年

身体性合気道野口体操身心一如重力自給自足葉山
発達心理学から禅、そしてアメリカでの18年の修行を経て葉山へ。藤田一照の歩みは、「自分の計画」を手放し、状況や縁が呼び寄せる流れに身を任せるプロセスそのものである。合気道や野口体操を通じて得た「重力で動く」身体知が、いかにして坐禅の「身心一如」へと統合されていったかが語られる。

1. 縁の導きと葉山への移住

「僕が葉山に来たのは20年前。アメリカでの禅の修行中、オーナーが写真を持って会いに来たのがきっかけでした。日本に帰る計画なんて何もなかったけれど、『ここに来ないか?』という声に、はたと自分の家族に対する無責任さや死生観に気づかされ、流れに乗ったんです。」

2. 身体から入る禅の探究

「禅は身体の修行。お坊さんにならなかったら鍼灸師になっていたほど、身体性への関心がありました。西洋のボディーワーク(フェルデンクライス、ロルフィング等)やか、合気道、野口体操。それらはすべて『筋力ではなく重さで動く』という点で繋がっています。」

3. バトルフィールドからピースフルな調和へ

「かつての坐禅は、心をトップダウンで身体をコントロールしようとする『バトルフィールド』でした。でも、合気道の稽古でエネルギーを使い果たして、何の期待もなくただ坐れたとき、身体が透明になり、エネルギーの滞りがなくなる体験をした。自分が一方的に働きかけるのではなく、出会いの中からおのずと生まれてくる姿勢。それが坐禅の本質です。」

4. 行き当たりばったりの「枯れ葉」のような生

「僕は計画通りに生きていません。木枯らしに吹かれてカサカサと移動する枯れ葉のようなもの。でも、本気で向かっていると、ドアが向こうからパカッと開いてくる。自分の『ああしたい、こうしたい』よりも、状況が僕に何をさせようとしているのか。その流れに任せることで、道が拓けてきました。」

essences

  • 「僕がやるのではなく、相手がやるのでもない。出会った途端におのずと生まれてくる動きがいい」
  • 「心は何クソッて逆らっているのに、体は心地がいいので『何とでも好きにしてください』って感じになってしまう」
  • 「筋力ではなく『重さで動く』っていうことがすごく大事なんですよ」
  • 「スピリチュアルなことに本気で向かうと、ドアが向こうから開いてくるっていう感じはありました」
  • 「身体に関心があったからということもあるけれど、僕らの身体はちゃんと使うと、本当に驚くようなことをやってくれる」

thought structure

core desire

生命の自律的なはたらき(重力や呼吸)と調和し、コントロール(自我)を手放して生きること

tissue layers

background

東大心理学、アメリカでの禅指導、家族の形成

position

禅僧という肩書きを持ちつつも、身体知の探究者

mission

禅を精神主義から解放し、身体的な身心一如の修行として再定義する

vibe

軽やか、風通しが良い、爆発的なエネルギーを内包した静けさ

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する