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春日泰宣さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-02 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】やすさん

食べることって、味よりもプロセスのなかに「好き」がいっぱいあるんです。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

2000年、ネパールで手漉き紙(ライスペーパー)と出会う。「ものの向こうにある景色を大事にしたい」という感覚の原点がここにある。
以来、ライスペーパーを用いたインテリア雑貨やアート作品の創作に取り組む。
2010年、葉山の海の近くにある古民家に移住。薬膳・発酵料理家の妻・奈美さんとともに、身近にある素材で食をつくる暮らしを始める。
息子が生まれ、保育士に預けるのでも、野山を駆けめぐる自主保育でもなく、「親が保育者になる」という第三の形を仲間とともに立ち上げる。
森山神社の土曜朝市では、食材がコミュニケーションのメッセンジャーになる小さな場を育ててきた。
庭の夏みかん、葉山の海水からつくる塩、自家製の醤油——日常の中に食の根っこを張り続けている。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

ものの向こうにある景色を、人の顔ごと手渡ししつづける人。

庭の夏みかん、自家製醤油、葉山の海水でつくる塩など、身近にある素材で食を創り、分かち合う
息子(味覚隊長)の感覚を軸に、家族の味覚と食への眼差しを育む日常の実践
自主保育を立ち上げ、食を媒介にしたコミュニティの「うま味」を積み重ねる
土曜朝市や「暮らしのはかり売り」など、ローカルな場での小さなシェアとコミュニケーションを続ける

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

ネパール手漉き紙を用いたインテリア雑貨・アート作品の創作(2000年〜)
葉山・古家1681への移住、「暮らしのはかり売り 三和土(たたき)」の開催
自主保育の立ち上げと運営、1年分の活動日誌の編集・製作
葉山の海水を使った塩づくり、自家製醤油・味噌・夏みかんポン酢など食の日常的実践
「テンマンスリー」として日々のご近所ちょこっと仕事を継続

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈揚げ餅という哲学〉

「食べることがつなぐ景色を、みんなでひらきたい。」

〈うま味の再定義〉

「この食べ物のうま味は何か?つまり、この食物はどういうコミュニケーションから生まれてきてるのか?そこに食の原点があると思っています」

〈景色ごと食べる〉

「SHO farmの翔さんが大きくなりすぎて困って家に送ってきたものを漬け込んだんですが、食べる時にその景色が一緒にパッと思い浮かべられるのが好き。そういうありがたさとか、そういう景色が美味しさのなかに入っていると思うんです」

〈ものの向こうにある景色〉

「ものの向こうにあるもの、ものの向こうが見える景色を大事にしたいって、そこが自分の一番の根っこだったかもしれないですね」

〈色づけるのは人の顔〉

「ものの向こうに景色があるけれど、それを色づけるのはやっぱり人の姿とか顔とか。素材よりコミュニケーションのほうがよりきれいに見えてくる」

■コア(根底にある思い・願い)

ものの背後には必ず景色がある。そして景色は、人の顔と手によって色づく。

食べるということは、その景色ごと受け取ること——味は入り口に過ぎない。プロセスを共有した人数だけ、美味しさは深くなる。

一言でまとめると:「食べることは、景色をいただくこと。」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

「自分の盛り上がりとみんなのニーズは違う」——夏みかんポン酢の測り売りが人気がないというエピソード。自分の体験した豊かさを、どうすれば不特定多数に伝えられるか。
小学校に入って自主保育が終わった後の「その先」——「もし行かなかったらもっと大きなものが出てきたんじゃないか」という言葉に残る問い。コミュニティをどう継続・展開するか。
「隣の人が誰だかわからない」コミュニティの希薄化——身近な場のコミュニケーションをどう取り戻すか。

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

春日泰宣さんという人:「景色を差し出す人」

1、「ものより先に出てくるもの」:対話の冒頭から夏みかんポン酢、揚げ餅、自主保育日誌——と次々とバッグから取り出すやすさん。言葉で説明するより先に、「これ」と差し出す。その姿勢そのものが、やすさんのコアの体現だ。「食べ物を通したほうが、コミュニケーションがしやすい」とやすさんが言う通り、彼自身が食べ物を媒介に世界とつながる人だ。

2、「うま味の再定義者」:「この食べ物のうま味は何か?つまり、この食物はどういうコミュニケーションから生まれてきてるのか?」——やすさんはうま味という言葉を、化学的な成分から関係性の蓄積へと静かに置き換える。これは単なる食の哲学ではなく、豊かさの定義そのものを書き換えようとする試みだ。

3、「子供に頭を動かされている人」:「子供たちがいろんなところに連れていってくれる感じで」——やすさんは自分が先に立って動くのではなく、息子の味覚、自主保育の子供たち、SHO farmの翔さん、土曜朝市の仲間……そうした周囲の動きに応答しながら自分の世界を広げていく。受け取ることで動き出す人。その開かれた受容性が、コミュニティの「うま味」を引き出す。

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  • 【呼び名】やすさん
  • 食べることって、味よりもプロセスのなかに「好き」がいっぱいあるんです。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 2000年、ネパールで手漉き紙(ライスペーパー)と出会う。「ものの向こうにある景色を大事にしたい」という感覚の原点がここにある。
  • - 以来、ライスペーパーを用いたインテリア雑貨やアート作品の創作に取り組む。
  • - 2010年、葉山の海の近くにある古民家に移住。薬膳・発酵料理家の妻・奈美さんとともに、身近にある素材で食をつくる暮らしを始める。
  • - 息子が生まれ、保育士に預けるのでも、野山を駆けめぐる自主保育でもなく、「親が保育者になる」という第三の形を仲間とともに立ち上げる。
  • - 森山神社の土曜朝市では、食材がコミュニケーションのメッセンジャーになる小さな場を育ててきた。
  • - 庭の夏みかん、葉山の海水からつくる塩、自家製の醤油——日常の中に食の根っこを張り続けている。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **ものの向こうにある景色を、人の顔ごと手渡ししつづける人。**
  • - 庭の夏みかん、自家製醤油、葉山の海水でつくる塩など、身近にある素材で食を創り、分かち合う
  • - 息子(味覚隊長)の感覚を軸に、家族の味覚と食への眼差しを育む日常の実践
  • - 自主保育を立ち上げ、食を媒介にしたコミュニティの「うま味」を積み重ねる
  • - 土曜朝市や「暮らしのはかり売り」など、ローカルな場での小さなシェアとコミュニケーションを続ける
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - ネパール手漉き紙を用いたインテリア雑貨・アート作品の創作(2000年〜)
  • - 葉山・古家1681への移住、「暮らしのはかり売り 三和土(たたき)」の開催
  • - 自主保育の立ち上げと運営、1年分の活動日誌の編集・製作
  • - 葉山の海水を使った塩づくり、自家製醤油・味噌・夏みかんポン酢など食の日常的実践
  • - 「テンマンスリー」として日々のご近所ちょこっと仕事を継続
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈揚げ餅という哲学〉
  • **「食べることがつなぐ景色を、みんなでひらきたい。」**
  • 〈うま味の再定義〉
  • 「この食べ物のうま味は何か?つまり、この食物はどういうコミュニケーションから生まれてきてるのか?そこに食の原点があると思っています」
  • 〈景色ごと食べる〉
  • 「SHO farmの翔さんが大きくなりすぎて困って家に送ってきたものを漬け込んだんですが、食べる時にその景色が一緒にパッと思い浮かべられるのが好き。そういうありがたさとか、そういう景色が美味しさのなかに入っていると思うんです」
  • 〈ものの向こうにある景色〉
  • 「ものの向こうにあるもの、ものの向こうが見える景色を大事にしたいって、そこが自分の一番の根っこだったかもしれないですね」
  • 〈色づけるのは人の顔〉
  • 「ものの向こうに景色があるけれど、それを色づけるのはやっぱり人の姿とか顔とか。素材よりコミュニケーションのほうがよりきれいに見えてくる」
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • ものの背後には必ず景色がある。そして景色は、人の顔と手によって色づく。
  • 食べるということは、その景色ごと受け取ること——味は入り口に過ぎない。プロセスを共有した人数だけ、美味しさは深くなる。
  • 一言でまとめると:「食べることは、景色をいただくこと。」
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - 「自分の盛り上がりとみんなのニーズは違う」——夏みかんポン酢の測り売りが人気がないというエピソード。自分の体験した豊かさを、どうすれば不特定多数に伝えられるか。
  • - 小学校に入って自主保育が終わった後の「その先」——「もし行かなかったらもっと大きなものが出てきたんじゃないか」という言葉に残る問い。コミュニティをどう継続・展開するか。
  • - 「隣の人が誰だかわからない」コミュニティの希薄化——身近な場のコミュニケーションをどう取り戻すか。
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 春日泰宣さんという人:「景色を差し出す人」
  • 1、「ものより先に出てくるもの」:対話の冒頭から夏みかんポン酢、揚げ餅、自主保育日誌——と次々とバッグから取り出すやすさん。言葉で説明するより先に、「これ」と差し出す。その姿勢そのものが、やすさんのコアの体現だ。「食べ物を通したほうが、コミュニケーションがしやすい」とやすさんが言う通り、彼自身が食べ物を媒介に世界とつながる人だ。
  • 2、「うま味の再定義者」:「この食べ物のうま味は何か?つまり、この食物はどういうコミュニケーションから生まれてきてるのか?」——やすさんはうま味という言葉を、化学的な成分から関係性の蓄積へと静かに置き換える。これは単なる食の哲学ではなく、豊かさの定義そのものを書き換えようとする試みだ。
  • 3、「子供に頭を動かされている人」:「子供たちがいろんなところに連れていってくれる感じで」——やすさんは自分が先に立って動くのではなく、息子の味覚、自主保育の子供たち、SHO farmの翔さん、土曜朝市の仲間……そうした周囲の動きに応答しながら自分の世界を広げていく。受け取ることで動き出す人。その開かれた受容性が、コミュニティの「うま味」を引き出す。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

春日泰宣

project

nowhere HAYAMA100

number

02

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する