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中山陽太さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-10 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】陽太さん

僕たちの役割は、「いいな」と思ったものをいまよりも綺麗にして、次の世代に渡していくこと。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

1980年、愛知県名古屋市生まれ。父親の影響で幼い頃から海・山・川に親しみ、「大人になったら何でもできるようになりたい」という感覚が自然と育まれた。
高校卒業後、芸大受験に失敗。「世間を何も知らないのに将来を決めるのはおかしい」と自問し、日本全国を野宿・ヒッチハイクで旅することを決意。北海道から出発し、全47都道府県・沖縄の全離島をめぐる約2年間の旅へ。
1000台以上のヒッチハイク、野宿、人々に助けられる体験の積み重ねのなかで、「家の中から聞こえる声やご飯の匂い」に触れ、「家庭に社会の縮図がある」という根本的な気づきを得る。
2000年、ピースウォーク(北米先住民の人権運動に連なる祈りの歩き)との出会いを通じ、福岡正信・川口由一の自然農の世界を知る。
服飾の仕事(Little Eagle)に携わりながら、アースデー東京・フジロックなど初期の野外イベントにも関わる。その流れで葉山へ。
2005年、葉山移住。古材・古建具・古道具の店「桜花園」で働きながら、環境・政治・社会問題を「いい雰囲気で伝える」場づくりにも取り組む。
2006年より無肥料・無農薬・不耕起の自然農「足土農園」(のちに八星自然農園)をスタート、古道具「八星」として独立。葉山の海水で塩の完全自給を実現。
2023年、葉山町「農地付き空き家バンク制度」利用者第一号として農地と宅地を取得。築150年の茅葺家屋(曽祖父が茅葺き親方だった)を自然素材で自力修繕中。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

先人たちのしごとを手で蘇らせ、次の世代に渡していく人。

古道具・古民家を修復し、命と祈りが込められたものをゴミにしない。
自然農・自家採種・塩づくり・味噌醤油づくりで「暮らしを自分でまわす」。
「銭を稼ぐ仕事」だけでなく、暮らし・地域・政治・環境すべてに関わる百姓仕事を、一週間という時間のなかに織り込んで生きる。
地域が成熟していくことこそが、あらゆる問題の解決方法だという確信のもと、目の前の家・畑・地域を少しでも綺麗にして渡し続ける。

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

古道具「八星」として独立。古材・古建具・古道具の修復・再生を本職として続ける。
無肥料・無農薬・不耕起の自然農「八星自然農園」の運営。自家採種を続け、在来種をつなぐ。
葉山の海水(真名瀬・三ヶ下)を薪ストーブで焚き上げる塩の完全自給。味噌・醤油・ポン酢など食の根っこを手づくりで営む。
3.11以前から、環境・政治・社会問題を音楽・トーク・食を織り交ぜた「いい雰囲気の場づくり」で伝えてきた。
葉山町農地付き空き家バンク制度利用者第一号(2023年)として農地・宅地を取得。
築150年の茅葺家屋を自力で修繕中。曽祖父が茅葺き親方だったという縁を受け継ぎながら、茅葺き文化の再現をめざす。

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈家庭に社会の縮図がある〉

野宿中、家の中から聞こえてくる声やご飯の匂いに触れた。「日本は世界の縮図で、日本の縮図はどこにあるか? たどっていくと、一つ一つの家庭にある」——その気づきが、地域への関わり方と心の持ち方を根本から変えた。

〈「いいな」で終わらせない〉

「木樽っていいな、でも結局プラスチックを使っていたら、木樽の文化も手仕事も、その街並みも残されない」——消費者が「いいな」で終わらせているものを、自分の手と足を動かすことで実践する。それだけが、文化と風景をつなぎとめる。

〈甘い世界に生まれた僕らの、一礼〉

「壊されてしまう家に入るとき、必ず一礼する」——田畑を開墾し、石を拾い、水を引いた先人の苦労に思いを馳せる。「すごい苦労があって、いまの僕らがお邪魔させてもらっている」——その感覚が、修復という仕事の出発点にある。すくい上げられるものは限られていても、できる限りすくい上げて、次につないでいく。

〈体感しないと自分の言葉にならない〉

「いくら本を読んでも体感しないと自分の言葉にならない。自分じゃなくなってしまう」——どんなにいいドキュメンタリーも「その人が書いた世界」。旅も、農も、手道具も、自分の体を通してはじめて自分のものになる。そこだけは頑固に譲らない。

〈浅き川も深く渡れ〉

星野道夫の写真展で出会った言葉。「小さな出会いだったり、ちょっとした人の所作だったり、そこからどれだけのものを汲み取れるか」——目の前にあるものを、深く受け取ること。それが陽太さんの暮らし全体を貫いている姿勢だ。

〈百姓という生き方〉

「銭を稼ぐだけでなく、暮らしの仕事、地域の仕事、政治・環境・社会の仕事、すべてに関わりながら偏らずに生きていく」——一週間という時間のなかに、すべての仕事を織り込む。農家でも職人でも活動家でもなく、百の仕事をする百姓として生きている。

■コア(根底にある思い・願い)

家の中から漏れてくる声と、ご飯の匂い。

野宿の夜、それだけで十分だった。

家庭に、地域に、すべてがある——

あの夜の気づきが、いまも陽太さんを動かしている。

「いいな」と思ったものを、ゴミにしない。

先人が祈りながらつくった世界に、一礼して入る。

体で知ったことだけを、自分の言葉にする。

そうして少しでも綺麗にして、次へ渡していく。

急がなくていい。失敗してもいい。

ただ、手と足を動かし続けること——

それが、この時代に生まれた自分の役割だと、陽太さんは知っている。

一言でまとめると:

「いいなと思ったものを、綺麗にして、次へ渡していきたい。」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

「いいな」を実践する自分の体感を、どう次の世代に手渡すか——一人の実践から、広がりへ。
築150年の茅葺き家屋の修繕を、どこまで自力でやり遂げられるか。茅葺き文化の継承という問いと向き合いながら。
自然農の哲学と「食っていくための暮らし」の現実を、どう折り合わせていくか。
社会問題・環境問題を「いい雰囲気で伝える」場づくりを、葉山の地でどう継続・深化させていくか。
山側の文化圏・上山口という場所の成熟を、どう地域全体につなげていくか。

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

中山陽太さんという人:「祈りを受け取り、手渡す人」

①「体が先、言葉は後」:旅も、農も、修復も——陽太さんはまず体を動かす。「体感しないと自分の言葉にならない」という言葉は、単なる経験主義じゃない。体で通過したものだけが「自分の言葉」になる、という倫理だ。だから話が「とりとめもない」ように見えて、すべてが地続きになっている。野宿の夜から、いまの茅葺き修繕まで、一本の糸がつながっている。

②「感謝と責任が、同じ場所にある」:「先人の甘い世界にお邪魔させてもらっている」という感覚は、感謝であると同時に責任でもある。壊れかけた家に一礼すること、種をつなぐこと、木樽を買い支えること——それは義務感ではなく、受け取ったものへの自然な応答だ。陽太さんにとって「修復する」とは、過去の祈りに応えることでもある。

③「縮図を生きる人」:「日本の縮図は一つ一つの家庭にある」——この気づきが、陽太さんの行動原理の根っこにある。大きな問題を大きく解こうとしない。自分の目の前にある家、畑、地域を、少しでも綺麗にして渡していく。それが積み重なれば「絶対に世の中は良くなっていく」という確信。壮大な理想を持ちながら、足元を深く渡る人。

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  • 【呼び名】陽太さん
  • 僕たちの役割は、「いいな」と思ったものをいまよりも綺麗にして、次の世代に渡していくこと。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 1980年、愛知県名古屋市生まれ。父親の影響で幼い頃から海・山・川に親しみ、「大人になったら何でもできるようになりたい」という感覚が自然と育まれた。
  • - 高校卒業後、芸大受験に失敗。「世間を何も知らないのに将来を決めるのはおかしい」と自問し、日本全国を野宿・ヒッチハイクで旅することを決意。北海道から出発し、全47都道府県・沖縄の全離島をめぐる約2年間の旅へ。
  • - 1000台以上のヒッチハイク、野宿、人々に助けられる体験の積み重ねのなかで、「家の中から聞こえる声やご飯の匂い」に触れ、「家庭に社会の縮図がある」という根本的な気づきを得る。
  • - 2000年、ピースウォーク(北米先住民の人権運動に連なる祈りの歩き)との出会いを通じ、福岡正信・川口由一の自然農の世界を知る。
  • - 服飾の仕事(Little Eagle)に携わりながら、アースデー東京・フジロックなど初期の野外イベントにも関わる。その流れで葉山へ。
  • - 2005年、葉山移住。古材・古建具・古道具の店「桜花園」で働きながら、環境・政治・社会問題を「いい雰囲気で伝える」場づくりにも取り組む。
  • - 2006年より無肥料・無農薬・不耕起の自然農「足土農園」(のちに八星自然農園)をスタート、古道具「八星」として独立。葉山の海水で塩の完全自給を実現。
  • - 2023年、葉山町「農地付き空き家バンク制度」利用者第一号として農地と宅地を取得。築150年の茅葺家屋(曽祖父が茅葺き親方だった)を自然素材で自力修繕中。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **先人たちのしごとを手で蘇らせ、次の世代に渡していく人。**
  • - 古道具・古民家を修復し、命と祈りが込められたものをゴミにしない。
  • - 自然農・自家採種・塩づくり・味噌醤油づくりで「暮らしを自分でまわす」。
  • - 「銭を稼ぐ仕事」だけでなく、暮らし・地域・政治・環境すべてに関わる百姓仕事を、一週間という時間のなかに織り込んで生きる。
  • - 地域が成熟していくことこそが、あらゆる問題の解決方法だという確信のもと、目の前の家・畑・地域を少しでも綺麗にして渡し続ける。
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - 古道具「八星」として独立。古材・古建具・古道具の修復・再生を本職として続ける。
  • - 無肥料・無農薬・不耕起の自然農「八星自然農園」の運営。自家採種を続け、在来種をつなぐ。
  • - 葉山の海水(真名瀬・三ヶ下)を薪ストーブで焚き上げる塩の完全自給。味噌・醤油・ポン酢など食の根っこを手づくりで営む。
  • - 3.11以前から、環境・政治・社会問題を音楽・トーク・食を織り交ぜた「いい雰囲気の場づくり」で伝えてきた。
  • - 葉山町農地付き空き家バンク制度利用者第一号(2023年)として農地・宅地を取得。
  • - 築150年の茅葺家屋を自力で修繕中。曽祖父が茅葺き親方だったという縁を受け継ぎながら、茅葺き文化の再現をめざす。
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈家庭に社会の縮図がある〉
  • 野宿中、家の中から聞こえてくる声やご飯の匂いに触れた。「日本は世界の縮図で、日本の縮図はどこにあるか? たどっていくと、一つ一つの家庭にある」——その気づきが、地域への関わり方と心の持ち方を根本から変えた。
  • 〈「いいな」で終わらせない〉
  • 「木樽っていいな、でも結局プラスチックを使っていたら、木樽の文化も手仕事も、その街並みも残されない」——消費者が「いいな」で終わらせているものを、自分の手と足を動かすことで実践する。それだけが、文化と風景をつなぎとめる。
  • 〈甘い世界に生まれた僕らの、一礼〉
  • 「壊されてしまう家に入るとき、必ず一礼する」——田畑を開墾し、石を拾い、水を引いた先人の苦労に思いを馳せる。「すごい苦労があって、いまの僕らがお邪魔させてもらっている」——その感覚が、修復という仕事の出発点にある。すくい上げられるものは限られていても、できる限りすくい上げて、次につないでいく。
  • 〈体感しないと自分の言葉にならない〉
  • 「いくら本を読んでも体感しないと自分の言葉にならない。自分じゃなくなってしまう」——どんなにいいドキュメンタリーも「その人が書いた世界」。旅も、農も、手道具も、自分の体を通してはじめて自分のものになる。そこだけは頑固に譲らない。
  • 〈浅き川も深く渡れ〉
  • 星野道夫の写真展で出会った言葉。「小さな出会いだったり、ちょっとした人の所作だったり、そこからどれだけのものを汲み取れるか」——目の前にあるものを、深く受け取ること。それが陽太さんの暮らし全体を貫いている姿勢だ。
  • 〈百姓という生き方〉
  • 「銭を稼ぐだけでなく、暮らしの仕事、地域の仕事、政治・環境・社会の仕事、すべてに関わりながら偏らずに生きていく」——一週間という時間のなかに、すべての仕事を織り込む。農家でも職人でも活動家でもなく、百の仕事をする百姓として生きている。
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • 家の中から漏れてくる声と、ご飯の匂い。
  • 野宿の夜、それだけで十分だった。
  • 家庭に、地域に、すべてがある——
  • あの夜の気づきが、いまも陽太さんを動かしている。
  • 「いいな」と思ったものを、ゴミにしない。
  • 先人が祈りながらつくった世界に、一礼して入る。
  • 体で知ったことだけを、自分の言葉にする。
  • そうして少しでも綺麗にして、次へ渡していく。
  • 急がなくていい。失敗してもいい。
  • ただ、手と足を動かし続けること——
  • それが、この時代に生まれた自分の役割だと、陽太さんは知っている。
  • 一言でまとめると:
  • **「いいなと思ったものを、綺麗にして、次へ渡していきたい。」**
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - 「いいな」を実践する自分の体感を、どう次の世代に手渡すか——一人の実践から、広がりへ。
  • - 築150年の茅葺き家屋の修繕を、どこまで自力でやり遂げられるか。茅葺き文化の継承という問いと向き合いながら。
  • - 自然農の哲学と「食っていくための暮らし」の現実を、どう折り合わせていくか。
  • - 社会問題・環境問題を「いい雰囲気で伝える」場づくりを、葉山の地でどう継続・深化させていくか。
  • - 山側の文化圏・上山口という場所の成熟を、どう地域全体につなげていくか。
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 中山陽太さんという人:「祈りを受け取り、手渡す人」
  • ①「体が先、言葉は後」:旅も、農も、修復も——陽太さんはまず体を動かす。「体感しないと自分の言葉にならない」という言葉は、単なる経験主義じゃない。体で通過したものだけが「自分の言葉」になる、という倫理だ。だから話が「とりとめもない」ように見えて、すべてが地続きになっている。野宿の夜から、いまの茅葺き修繕まで、一本の糸がつながっている。
  • ②「感謝と責任が、同じ場所にある」:「先人の甘い世界にお邪魔させてもらっている」という感覚は、感謝であると同時に責任でもある。壊れかけた家に一礼すること、種をつなぐこと、木樽を買い支えること——それは義務感ではなく、受け取ったものへの自然な応答だ。陽太さんにとって「修復する」とは、過去の祈りに応えることでもある。
  • ③「縮図を生きる人」:「日本の縮図は一つ一つの家庭にある」——この気づきが、陽太さんの行動原理の根っこにある。大きな問題を大きく解こうとしない。自分の目の前にある家、畑、地域を、少しでも綺麗にして渡していく。それが積み重なれば「絶対に世の中は良くなっていく」という確信。壮大な理想を持ちながら、足元を深く渡る人。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

中山陽太

project

nowhere HAYAMA100

number

10

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する