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大庭零士郎さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-20 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】れいじろうさん、零士郎さん

自然に手を出すのではなく、「手助けする」くらいがちょうどいい。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

横浜生まれ、新宿育ち。小学生の頃、8歳年上の姉がアメリカから持ち帰るお土産に憧れ、アメリカ文化にのめり込む。
高校生の頃から環境問題・社会問題に関心を持ちはじめる(吉田ルイ子『ハーレムの熱い日々』との出会い)。
大学は建築科に進むも「荷が重い」と感じ、多摩美のデジタル・グラフィックデザインコース(一期生)へ。青山のアメリカン・アンティーク屋でのアルバイト中、買い付けでアメリカへ渡り、差別の現実も体験する。
日本最古の広告会社(ライトパブリシテイ)入社後、30歳で独立。グラフィック・アートディレクターとして渋谷を拠点に多忙な日々を送る。
2006年、脳出血で倒れる(39歳)。その後、鎌倉・長谷へ移住。
久志冨士男氏との出会いをきっかけに日本ミツバチの飼育を始める。
鎌倉山での生活を経て、2020年に葉山・下山口へ移住。引っ越し直後に近隣から畑を提供され、40年以上の耕作放棄地を田んぼに開墾。
現在、デザイン・養蜂・田んぼの三本柱で暮らす。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

最小限の手を添えながら、自然の生態系に参加する人。

野生のミツバチを飼い、羽音で感情を読む。
40年放棄された田んぼを耕し、生き物の循環に手を入れる。
失敗を先生にしながら、自然の癖を身体で覚えていく。

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

アートディレクター・グラフィックデザイナーとして活動。
日本ミツバチ愛好家として「Backyard Beekeepers」を主宰、現在10群を飼育。
葉山・下山口で40年以上の耕作放棄地を開墾し、田んぼを耕作。
「風と森の里山講座」などのフィールドワークを展開。
仕事や養蜂、田んぼの合間に、海の家の設営・大工仕事にも携わる。

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈都市の時代は終わったな〉

脳出血後の回復期、渋谷のオフィスの窓から街を眺めながらひとりつぶやいた言葉。誰かに向けてではなく、自分の内側から出てきた。「自分の本心は別のものを求めてる」と気づいた、静かな転換点。

〈境界への興味〉

「自然の癖を読んで、そっと手を添え、別の世界へ。」

〈参加するということ〉

「自然を観察して、癖とか特性を学んで、『じゃあ、ここだけ手を出してみよう』って、その手の出し方が適正だったら、それは人間が生態系に入り込んだ、参加したっていうことなんだなと思うんです」

〈政治より田んぼ〉

「政治家をアテにするよりも、ミツバチを飼って、畑や田んぼをやることが、世界が変わることにつながるんじゃないのか?って割と本気で思ったりしています」

〈生きることと死ぬことの境がない〉

「ミツバチを見ていて思ったのは、生きることと死ぬことの境がないんだな、と。死を恐れない、かといって死を美化することもないし、成功哲学なんてない。ただ自分たちの子孫、DNAを残すということだけに生きている。それと比べたら、俺たち人類って何だかなあ……」

■コア(根底にある思い・願い)

ミツバチは一つのロジックに従わない。

地域差がある、

個体差がある、感情だって伝わる。

零士郎さんはそこに惚れ込んだのだと思う。

自然を服従させるのではなく、

自然の癖を読んで、そっと手を添える。

その感覚がわかれば、あとは芋づる式にいく

——田んぼも、デザインも、人生も。

「政治家をアテにするより、

ミツバチを飼って田んぼをやることが世界を変える」

と本気で言える人は、すでに別の世界を生きている。

一言でまとめると:

「自然の癖を読んで、そっと手を添える。それだけで、すでに別の世界にいる」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

養蜂・田んぼ・デザインという三本柱が、まだ「個人の実践」にとどまっている——それをどう開いていくか?
「風と森の里山講座」などの活動が、どこまで広がっていくのか?
日本ミツバチの知恵や自然への参加の感覚を、言葉にして伝えることの難しさ——「感覚じゃないですか」と言いながら、その感覚をどう手渡すか?
「失敗が一番の先生」という実践主義を、次世代にどう継承していくか?
欧米的な価値基準への違和感を持ちながら、「じゃあ日本人はどうなのか」という問いにまだ自分なりの答えを出し続けている途中にいる?

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

大庭零士郎さんという人:「境界の番人」

1、「陰キャが、一番深いところまで見ている」:「陽キャのフリしたかなりの陰キャなんです」と笑いながら言った一言に、零士郎さんの本質が凝縮されている気がした。パーティーに顔を出して10分で帰る人。渋谷の窓からひとり街を眺めて「都市の時代は終わったな」とつぶやく人。賑やかな場の外側に静かに立って、誰よりも鋭く景色を見ている。ミツバチの羽音で感情を読む感覚も、自然と人工の境界を面白がる眼差しも、その「外側に立つ」習慣から来ているんじゃないかと思う。

2、「失敗を、先生と呼べる人」:「本から教えてもらったことって、すべては当てはまらないんですよ」——零士郎さんはこれを、諦めではなく解放として言っている。ミツバチが来なくて飽きて、久しぶりに畑に行ったら入っていた。CDジャケットが大失敗して、そこからキャリアが開けた。40年放棄された田んぼを「まあやれるもんならやってみたら」と言われて、やってみた。正解を先に求めない人だけが、自然の論理にたどり着ける。

3、「善悪より、境界を面白がる人」:「そもそも善悪なんてない、ってミツバチを見ていたらよくわかる」——この言葉を、零士郎さんは怒りでも悟りでもなく、ただ観察の結果として語っていた。電動ドリルで組んだ巣箱に野生のミツバチが入ってくる。どこからが自然でどこからが人工か。その境界を怖れず、ただ「面白い」と言える人。その眼差しが、コントロールでも放棄でもない、第三の自然との関わり方を静かに指し示している。

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  • 【呼び名】れいじろうさん、零士郎さん
  • 自然に手を出すのではなく、「手助けする」くらいがちょうどいい。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 横浜生まれ、新宿育ち。小学生の頃、8歳年上の姉がアメリカから持ち帰るお土産に憧れ、アメリカ文化にのめり込む。
  • - 高校生の頃から環境問題・社会問題に関心を持ちはじめる(吉田ルイ子『ハーレムの熱い日々』との出会い)。
  • - 大学は建築科に進むも「荷が重い」と感じ、多摩美のデジタル・グラフィックデザインコース(一期生)へ。青山のアメリカン・アンティーク屋でのアルバイト中、買い付けでアメリカへ渡り、差別の現実も体験する。
  • - 日本最古の広告会社(ライトパブリシテイ)入社後、30歳で独立。グラフィック・アートディレクターとして渋谷を拠点に多忙な日々を送る。
  • - 2006年、脳出血で倒れる(39歳)。その後、鎌倉・長谷へ移住。
  • - 久志冨士男氏との出会いをきっかけに日本ミツバチの飼育を始める。
  • - 鎌倉山での生活を経て、2020年に葉山・下山口へ移住。引っ越し直後に近隣から畑を提供され、40年以上の耕作放棄地を田んぼに開墾。
  • - 現在、デザイン・養蜂・田んぼの三本柱で暮らす。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **最小限の手を添えながら、自然の生態系に参加する人。**
  • - 野生のミツバチを飼い、羽音で感情を読む。
  • - 40年放棄された田んぼを耕し、生き物の循環に手を入れる。
  • - 失敗を先生にしながら、自然の癖を身体で覚えていく。
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - アートディレクター・グラフィックデザイナーとして活動。
  • - 日本ミツバチ愛好家として「Backyard Beekeepers」を主宰、現在10群を飼育。
  • - 葉山・下山口で40年以上の耕作放棄地を開墾し、田んぼを耕作。
  • - 「風と森の里山講座」などのフィールドワークを展開。
  • - 仕事や養蜂、田んぼの合間に、海の家の設営・大工仕事にも携わる。
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈都市の時代は終わったな〉
  • 脳出血後の回復期、渋谷のオフィスの窓から街を眺めながらひとりつぶやいた言葉。誰かに向けてではなく、自分の内側から出てきた。「自分の本心は別のものを求めてる」と気づいた、静かな転換点。
  • 〈境界への興味〉
  • **「自然の癖を読んで、そっと手を添え、別の世界へ。」**
  • 〈参加するということ〉
  • 「自然を観察して、癖とか特性を学んで、『じゃあ、ここだけ手を出してみよう』って、その手の出し方が適正だったら、それは人間が生態系に入り込んだ、参加したっていうことなんだなと思うんです」
  • 〈政治より田んぼ〉
  • 「政治家をアテにするよりも、ミツバチを飼って、畑や田んぼをやることが、世界が変わることにつながるんじゃないのか?って割と本気で思ったりしています」
  • 〈生きることと死ぬことの境がない〉
  • 「ミツバチを見ていて思ったのは、生きることと死ぬことの境がないんだな、と。死を恐れない、かといって死を美化することもないし、成功哲学なんてない。ただ自分たちの子孫、DNAを残すということだけに生きている。それと比べたら、俺たち人類って何だかなあ……」
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • ミツバチは一つのロジックに従わない。
  • 地域差がある、
  • 個体差がある、感情だって伝わる。
  • 零士郎さんはそこに惚れ込んだのだと思う。
  • 自然を服従させるのではなく、
  • 自然の癖を読んで、そっと手を添える。
  • その感覚がわかれば、あとは芋づる式にいく
  • ——田んぼも、デザインも、人生も。
  • 「政治家をアテにするより、
  • ミツバチを飼って田んぼをやることが世界を変える」
  • と本気で言える人は、すでに別の世界を生きている。
  • 一言でまとめると:
  • **「自然の癖を読んで、そっと手を添える。それだけで、すでに別の世界にいる」**
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - 養蜂・田んぼ・デザインという三本柱が、まだ「個人の実践」にとどまっている——それをどう開いていくか?
  • - 「風と森の里山講座」などの活動が、どこまで広がっていくのか?
  • - 日本ミツバチの知恵や自然への参加の感覚を、言葉にして伝えることの難しさ——「感覚じゃないですか」と言いながら、その感覚をどう手渡すか?
  • - 「失敗が一番の先生」という実践主義を、次世代にどう継承していくか?
  • - 欧米的な価値基準への違和感を持ちながら、「じゃあ日本人はどうなのか」という問いにまだ自分なりの答えを出し続けている途中にいる?
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 大庭零士郎さんという人:「境界の番人」
  • 1、**「陰キャが、一番深いところまで見ている」**:「陽キャのフリしたかなりの陰キャなんです」と笑いながら言った一言に、零士郎さんの本質が凝縮されている気がした。パーティーに顔を出して10分で帰る人。渋谷の窓からひとり街を眺めて「都市の時代は終わったな」とつぶやく人。賑やかな場の外側に静かに立って、誰よりも鋭く景色を見ている。ミツバチの羽音で感情を読む感覚も、自然と人工の境界を面白がる眼差しも、その「外側に立つ」習慣から来ているんじゃないかと思う。
  • 2、**「失敗を、先生と呼べる人」**:「本から教えてもらったことって、すべては当てはまらないんですよ」——零士郎さんはこれを、諦めではなく解放として言っている。ミツバチが来なくて飽きて、久しぶりに畑に行ったら入っていた。CDジャケットが大失敗して、そこからキャリアが開けた。40年放棄された田んぼを「まあやれるもんならやってみたら」と言われて、やってみた。正解を先に求めない人だけが、自然の論理にたどり着ける。
  • 3、**「善悪より、境界を面白がる人」**:「そもそも善悪なんてない、ってミツバチを見ていたらよくわかる」——この言葉を、零士郎さんは怒りでも悟りでもなく、ただ観察の結果として語っていた。電動ドリルで組んだ巣箱に野生のミツバチが入ってくる。どこからが自然でどこからが人工か。その境界を怖れず、ただ「面白い」と言える人。その眼差しが、コントロールでも放棄でもない、第三の自然との関わり方を静かに指し示している。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

大庭零士郎

project

nowhere HAYAMA100

number

20

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する