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藤本嶺さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-14 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】藤本さん、嶺さん、嶺くん

手を入れて、人が入れるようになることで、葉山の森の可能性が広がるんです。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

1990年、神奈川県横須賀市田浦生まれ。二子山の向こう側、山の上で生まれ育つ。
両親はオーガニック志向で、布おむつ・生ゴミを庭に埋める・幼少期は服を着せないなど、野性的な子育て環境のなかで育った。
森のそばで自然とともにある暮らしを体感的に学び、逗葉高校卒業後、大工の道へ進む。
2017年、幼なじみの佐々木達哉と「藤本工務店」を葉山・上山口に設立。
2021年、「一般社団法人 葉山の森保全センター」(HFC)を設立。
2023年、木の可能性を多様な形で展開する「森のサラダ」を創業し、杉材内装のフィットネスジム「&FOREST HAYAMA」を一色にオープン。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

木の声に耳をすませ、気持ちのよい場をつくりつづける人。

国産材(スギ・ヒノキ・マツ)と石場建て・竹小舞土壁などの伝統工法で、土に還る住宅を建てている。
HFCを通じて葉山の森の伐採・間伐・道づくり・草刈りを実施し、「人が入れる森」をつくっている。
木を切るだけでなく、森林空間の利用(フィットネス・子どもの森林教育・里山復活)という新しい林業モデルを実験している。
補助金依存ではなく、地域内でお金を回して森を守る経済圏の構築を目指している。

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

2017年、藤本工務店を設立。石場建て・竹小舞土壁・伝統工法による住宅建築を実践。
2021年、一般社団法人 葉山の森保全センター(HFC)設立。地域の仲間と森林整備・危険木伐採・道づくりを実施。毎月一回、踏査(葉山の山の状態を知るための山歩き)を継続。
2023年3月、「森林未来会議」を葉山町福祉文化会館で開催。先進的林業実践者4名を招き、150名が参加。
2023年、「森のサラダ」創業。杉材を内装に使った「&FOREST HAYAMA」を一色にオープン。
HFC会員・ダイビングショップNANAと連携し、危険木・間伐材で木のブーケをつくり、毎年、海底にアオリイカの産卵床を設置。
上山口の森を整備し、フリースクール・telacoyaの子どもたちが散歩・弁当を食べに来られる道をつくる。

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈もっと大事なのは、気持ちいいからなんです〉

「三浦半島で林業という産業を自立させたい、それがHFCの活動を続けていく一番の理由だと言ったんですけど、もっと大事なのは、森に入ると気持ちいいからなんです。気持ちいい、楽しい、美味しい……、そうした感覚があるから山に入る」

〈工業製品とは、対話できない〉

「ペットボトルのような工業製品とは、僕は対話できないんですよ。だけど、木に対しては、やっぱりいろんなことを考えるわけです。やっぱり、生き物なので」

〈AかBかというときに、より良いほうを選びたい〉

「木の桶とプラスチックの桶。使い勝手が良いのはプラスチックかもしれないけれど、僕は木の桶が好きなんです」「AかBかというときに、僕はより良いほうを選びたい。人にとっていい、生物にとっていい、環境にとっていい……それを選ぼうとなったら、やっぱり森に入らなきゃいけない」

〈手を入れて、人が入れるようになることで〉

「手を入れて、人が入れるようになることで、葉山の森の可能性が広がるんです」。整備前と整備後の写真を見せながら語った言葉。道一本で、子どもたちが弁当を食べに来られるようになった。

〈潜在意識に刷り込まれている〉

「田浦の山の上でずっと生まれ育ったんで、もう潜在意識に刷り込まれているというか……」。服を着せてもらえないまま山を走り回った幼少期。身体がすでに森を知っている。

〈結果として、それがみんなに返ってくる〉

「仲間を増やし、そのなかで問題を共有し、みんなでお金を出して、そのお金で森を良くする。結果として、それがみんなに返ってくる」

■コア(根底にある思い・願い)

田浦の山の上で育った身体が、

いまも知っている。

森は気持ちいい。木は生きている。

土に還るもののほうが、ずっと長く続く。

だから、まず手を入れる。

道をつける。草を刈る。

石の上に木を組む。

SDGsでも、カーボンニュートラルでもない。

「気持ちいい、楽しい、美味しい」

その感覚が先にあって、そこからすべてが動いている。

一言でまとめると:

「気持ちいいを頼りに、1000年続く世界をつくる」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

ボランティアだけでは限界がある——HFCの活動を持続させる資金源をどう確保するか?
危険木を伐採するコストに対して少額の補助金、この構造的な乖離をどう埋めるか?
宅地開発、都市計画の失敗という、個人の努力を超えた問題とどう向き合うか?
本業の規模を保ちながら、HFCの活動をどこまでスケールさせられるか?
地域内循環の林業経済(葉山独自の森林税など)を、どう実現に近づけるか?

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

藤本嶺さんという人:「道をつけ、閉じていたものを開く人」

1、「身体が先に知っている」:「田浦の山の上でずっと生まれ育ったんで、もう潜在意識に刷り込まれているというか」——石場建て、伝統工法、HFC、バイオトイレまで、藤本さんの選択は思想から出発したのではなく、身体がすでに知っていることの実装だと感じた。裸で山を走り回った幼少期が、すべての設計図になっている。

2、「気持ちいいという言葉の誠実さ」:SDGsでも、カーボンニュートラルでもなく「気持ちいいから」と言い切れること。これは照れでも諦めでもなく、大きな言説への静かな不服従だと思う。「現実とかけ離れてないかと感じる」——その違和感を持ち続けながら動いていることが、藤本さんの立っている地面を本物にしている。

3、「閉じていたものを開く人」:「手を入れて、人が入れるようになることで、森の可能性が広がる」。家も、森も、藤本さんが手を入れると閉じていたものが開く。整備前と整備後の写真の対比。道一本で、子どもたちが弁当を食べに来られるようになった。その変化のスケール感が、藤本さんの仕事の本質を語っている気がする。

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  • 【呼び名】藤本さん、嶺さん、嶺くん
  • 手を入れて、人が入れるようになることで、葉山の森の可能性が広がるんです。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 1990年、神奈川県横須賀市田浦生まれ。二子山の向こう側、山の上で生まれ育つ。
  • - 両親はオーガニック志向で、布おむつ・生ゴミを庭に埋める・幼少期は服を着せないなど、野性的な子育て環境のなかで育った。
  • - 森のそばで自然とともにある暮らしを体感的に学び、逗葉高校卒業後、大工の道へ進む。
  • - 2017年、幼なじみの佐々木達哉と「藤本工務店」を葉山・上山口に設立。
  • - 2021年、「一般社団法人 葉山の森保全センター」(HFC)を設立。
  • - 2023年、木の可能性を多様な形で展開する「森のサラダ」を創業し、杉材内装のフィットネスジム「&FOREST HAYAMA」を一色にオープン。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **木の声に耳をすませ、気持ちのよい場をつくりつづける人。**
  • - 国産材(スギ・ヒノキ・マツ)と石場建て・竹小舞土壁などの伝統工法で、土に還る住宅を建てている。
  • - HFCを通じて葉山の森の伐採・間伐・道づくり・草刈りを実施し、「人が入れる森」をつくっている。
  • - 木を切るだけでなく、森林空間の利用(フィットネス・子どもの森林教育・里山復活)という新しい林業モデルを実験している。
  • - 補助金依存ではなく、地域内でお金を回して森を守る経済圏の構築を目指している。
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - 2017年、藤本工務店を設立。石場建て・竹小舞土壁・伝統工法による住宅建築を実践。
  • - 2021年、一般社団法人 葉山の森保全センター(HFC)設立。地域の仲間と森林整備・危険木伐採・道づくりを実施。毎月一回、踏査(葉山の山の状態を知るための山歩き)を継続。
  • - 2023年3月、「森林未来会議」を葉山町福祉文化会館で開催。先進的林業実践者4名を招き、150名が参加。
  • - 2023年、「森のサラダ」創業。杉材を内装に使った「&FOREST HAYAMA」を一色にオープン。
  • - HFC会員・ダイビングショップNANAと連携し、危険木・間伐材で木のブーケをつくり、毎年、海底にアオリイカの産卵床を設置。
  • - 上山口の森を整備し、フリースクール・telacoyaの子どもたちが散歩・弁当を食べに来られる道をつくる。
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈もっと大事なのは、気持ちいいからなんです〉
  • 「三浦半島で林業という産業を自立させたい、それがHFCの活動を続けていく一番の理由だと言ったんですけど、もっと大事なのは、森に入ると気持ちいいからなんです。気持ちいい、楽しい、美味しい……、そうした感覚があるから山に入る」
  • 〈工業製品とは、対話できない〉
  • 「ペットボトルのような工業製品とは、僕は対話できないんですよ。だけど、木に対しては、やっぱりいろんなことを考えるわけです。やっぱり、生き物なので」
  • 〈AかBかというときに、より良いほうを選びたい〉
  • 「木の桶とプラスチックの桶。使い勝手が良いのはプラスチックかもしれないけれど、僕は木の桶が好きなんです」「AかBかというときに、僕はより良いほうを選びたい。人にとっていい、生物にとっていい、環境にとっていい……それを選ぼうとなったら、やっぱり森に入らなきゃいけない」
  • 〈手を入れて、人が入れるようになることで〉
  • 「手を入れて、人が入れるようになることで、葉山の森の可能性が広がるんです」。整備前と整備後の写真を見せながら語った言葉。道一本で、子どもたちが弁当を食べに来られるようになった。
  • 〈潜在意識に刷り込まれている〉
  • 「田浦の山の上でずっと生まれ育ったんで、もう潜在意識に刷り込まれているというか……」。服を着せてもらえないまま山を走り回った幼少期。身体がすでに森を知っている。
  • 〈結果として、それがみんなに返ってくる〉
  • 「仲間を増やし、そのなかで問題を共有し、みんなでお金を出して、そのお金で森を良くする。結果として、それがみんなに返ってくる」
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • 田浦の山の上で育った身体が、
  • いまも知っている。
  • 森は気持ちいい。木は生きている。
  • 土に還るもののほうが、ずっと長く続く。
  • だから、まず手を入れる。
  • 道をつける。草を刈る。
  • 石の上に木を組む。
  • SDGsでも、カーボンニュートラルでもない。
  • 「気持ちいい、楽しい、美味しい」
  • その感覚が先にあって、そこからすべてが動いている。
  • 一言でまとめると:
  • **「気持ちいいを頼りに、1000年続く世界をつくる」**
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - ボランティアだけでは限界がある——HFCの活動を持続させる資金源をどう確保するか?
  • - 危険木を伐採するコストに対して少額の補助金、この構造的な乖離をどう埋めるか?
  • - 宅地開発、都市計画の失敗という、個人の努力を超えた問題とどう向き合うか?
  • - 本業の規模を保ちながら、HFCの活動をどこまでスケールさせられるか?
  • - 地域内循環の林業経済(葉山独自の森林税など)を、どう実現に近づけるか?
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 藤本嶺さんという人:「道をつけ、閉じていたものを開く人」
  • 1、**「身体が先に知っている」**:「田浦の山の上でずっと生まれ育ったんで、もう潜在意識に刷り込まれているというか」——石場建て、伝統工法、HFC、バイオトイレまで、藤本さんの選択は思想から出発したのではなく、身体がすでに知っていることの実装だと感じた。裸で山を走り回った幼少期が、すべての設計図になっている。
  • 2、**「気持ちいいという言葉の誠実さ」**:SDGsでも、カーボンニュートラルでもなく「気持ちいいから」と言い切れること。これは照れでも諦めでもなく、大きな言説への静かな不服従だと思う。「現実とかけ離れてないかと感じる」——その違和感を持ち続けながら動いていることが、藤本さんの立っている地面を本物にしている。
  • 3、**「閉じていたものを開く人」**:「手を入れて、人が入れるようになることで、森の可能性が広がる」。家も、森も、藤本さんが手を入れると閉じていたものが開く。整備前と整備後の写真の対比。道一本で、子どもたちが弁当を食べに来られるようになった。その変化のスケール感が、藤本さんの仕事の本質を語っている気がする。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

藤本嶺

project

nowhere HAYAMA100

number

14

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する