山口冴希さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-22 (ANOMI Note Edition)
【呼び名】冴希さん、さきさん
棚田のお米で生まれたアイスが、つながりの輪を広げ、あたらしい世界が開けてきました。
■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
「大変さ」を「ワクワク」に変え、人と土地をつなぐ人。
■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
〈棚田があることが、プレッシャーになっていた〉
「棚田があることがプレッシャーになっていて……それって寂しいなと思いました。せっかくこんなに素敵な場所があって、素敵だなと思う人もいっぱいいるのだから」——守るべき義務としてではなく、寂しさへの応答として動き始めた人。感受性が先にある。
〈まず楽しいことをやりたい、結果として保全につながれば〉
「棚田で何か楽しいことをやりたいという思いが最初にあって、結果、それが保全につながればいいなって思うようになりました」——順番が逆。保全のために楽しさを動員するのではなく、楽しさが先にあって、その結果として守れるものがある。
〈30キロが、1500個になる〉
「30キロのお米を配ったら一瞬でなくなってしまうけれど、アイスにするとそれだけの人に届いて、棚田のことを知ってもらうきっかけになる」——変換という発想。重さを、広がりに変える。
〈知らないからできた〉
「知らないからできたけれど、知っていたらやらなかったと思うくらい大変だった。何も知らないから、『えいっ!』ってやっちゃった」——無知が祝福になった瞬間の正直な告白。
〈アイスの人だ、でいい〉
「『アイスの人だ、アイスの人だ』って、まずはワクワクするところから入ってくれたら、それでいいなって」——正面から「守れ」とは言わない。喜びを入口にする、という確信。
〈棚田の美しさは、守ってきた人の歴史〉
「私たちが棚田を見て美しいと思うのは、棚田を守ってきてくれた人たちの歴史を感じるからかもしれない」——景観の背後に人を見る眼差し。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性と、対をなす言葉。
■コア(根底にある思い・願い)
「棚田を守ろう」とは、
冴希さんは一度も言っていない。
「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く。」
——その言葉が、すべての始まりだった。
30kgのお米が1500個のアイスになる。
「棚田を守れ」というメッセージが、
「アイスの人だ!」というワクワクになる。
義務の重さは、喜びに変換できる、
それが冴希さんの、10年かけて発見したことだ。
その喜びの感触を信じて動いてきたから、
地主さんとの信頼が生まれ、
子どもたちの声が生まれ、
「ただいま・おかえり」と言える場所が生まれた。
楽しさを先頭に立てると、守れるものがある。
↓
一言でまとめると:
「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く」
■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
山口冴希さんという人:「知らない」から、前へ踏み出せる人。
1、「深刻にしない人」:棚田の課題は重い。高齢化、人手不足、儲からない——その現実を知りながら、冴希さんは一度も深刻な顔をしていない。重さを重さのまま担わない。だからこそ10年続いたんだと思う。
2、「軽い踏み出しが、全部の始まり」:夫のインスピレーションで一ヶ月で引っ越す。パパ友の誘いで棚田へ行く。海の家で「アイスかかき氷だよね」とつながる。冴希さんの人生、全部「軽い踏み出し」から始まっている。「知らないからできた、知っていたらやらなかった」——その無知の軽さが、一番の推進力だった。
3、「歴史が見える人」:「棚田を見て美しいと思うのは、守ってきてくれた人たちの歴史を感じるから」——この一言で、冴希さんが景色だけでなく、その背後にある時間に向き合っている人だとわかった。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性。それがあるから、地主さんとの信頼が10年かけて育った。
zone
isTissueStyle
body
- ✦【呼び名】冴希さん、さきさん
- ✦棚田のお米で生まれたアイスが、つながりの輪を広げ、あたらしい世界が開けてきました。
- ✦
- ✦■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
- ✦- 1985年、横浜生まれ。祖父母が農家。「ご飯が美味しければどこでも生きていける」という感覚が原点。
- ✦- 夫・智史さんが音楽活動を休業するタイミングで葉山を訪問。湘南国際村から見えた海越しの富士山に感動、翌月には子ども3人を連れて移住。
- ✦- 幼稚園のパパ友の誘いで、気軽に家族で上山口の棚田へ。以後、9年にわたる活動が始まる。
- ✦- 棚田作業を続けるなかで、高齢化・人手不足・「棚田は儲からない」現実を知る。
- ✦- 海の家「カラバシ」でのお味噌汁屋「ちゃぶがえ」を経て、「棚田のお米でアイスをつくる」というアイデアが生まれる。
- ✦- 2018年、クラファンで工房を立ち上げ、BEAT ICEを設立。
- ✦
- ✦■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
- ✦**「大変さ」を「ワクワク」に変え、人と土地をつなぐ人。**
- ✦
- ✦- 棚田で収穫したお米をアイスに変え、棚田を知らない人へ届ける。
- ✦- 給食・授業などを通じ、子どもたちが棚田を自分ごととして発見する体験をつくる。
- ✦- 全国の棚田とつながり、同じ課題を抱えた地域へ製造の仕組みを広げる。
- ✦- 棚田ハウスを拠点に、背景の異なる人が自然に混ざり合う場をつくる。
- ✦
- ✦■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
- ✦- 上山口の棚田保全活動に参加。農作業を学びながら、田んぼに関わり続ける。
- ✦- クラファンで工房を設立し、葉山アイスを開発・販売。
- ✦- 小学校の給食に葉山アイスを提供。葉山のエシカル給食、地元小学生の「棚田ワクワクプロジェクト」や授業講演を継続。
- ✦- 全国の棚田と提携。葉山を超えた「棚田アイス」ネットワークを構築。
- ✦- 棚田ハウスをリフォーム。藤本工務店の協力で稲藁入りの土壁・叩き土間などの伝統工法で仕上げ、コミュニティ拠点として整備。
- ✦- 新宿歌舞伎町にRICE CREAMの店舗がオープン。棚田の米を使った「TANADA YELL」が完成。
- ✦
- ✦■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
- ✦〈棚田があることが、プレッシャーになっていた〉
- ✦「棚田があることがプレッシャーになっていて……それって寂しいなと思いました。せっかくこんなに素敵な場所があって、素敵だなと思う人もいっぱいいるのだから」——守るべき義務としてではなく、寂しさへの応答として動き始めた人。感受性が先にある。
- ✦
- ✦〈まず楽しいことをやりたい、結果として保全につながれば〉
- ✦「棚田で何か楽しいことをやりたいという思いが最初にあって、結果、それが保全につながればいいなって思うようになりました」——順番が逆。保全のために楽しさを動員するのではなく、楽しさが先にあって、その結果として守れるものがある。
- ✦
- ✦〈30キロが、1500個になる〉
- ✦「30キロのお米を配ったら一瞬でなくなってしまうけれど、アイスにするとそれだけの人に届いて、棚田のことを知ってもらうきっかけになる」——変換という発想。重さを、広がりに変える。
- ✦
- ✦〈知らないからできた〉
- ✦「知らないからできたけれど、知っていたらやらなかったと思うくらい大変だった。何も知らないから、『えいっ!』ってやっちゃった」——無知が祝福になった瞬間の正直な告白。
- ✦
- ✦〈アイスの人だ、でいい〉
- ✦「『アイスの人だ、アイスの人だ』って、まずはワクワクするところから入ってくれたら、それでいいなって」——正面から「守れ」とは言わない。喜びを入口にする、という確信。
- ✦
- ✦〈棚田の美しさは、守ってきた人の歴史〉
- ✦「私たちが棚田を見て美しいと思うのは、棚田を守ってきてくれた人たちの歴史を感じるからかもしれない」——景観の背後に人を見る眼差し。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性と、対をなす言葉。
- ✦
- ✦■コア(根底にある思い・願い)
- ✦「棚田を守ろう」とは、
- ✦冴希さんは一度も言っていない。
- ✦**「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く。」**
- ✦——その言葉が、すべての始まりだった。
- ✦
- ✦30kgのお米が1500個のアイスになる。
- ✦「棚田を守れ」というメッセージが、
- ✦「アイスの人だ!」というワクワクになる。
- ✦義務の重さは、喜びに変換できる、
- ✦それが冴希さんの、10年かけて発見したことだ。
- ✦
- ✦その喜びの感触を信じて動いてきたから、
- ✦地主さんとの信頼が生まれ、
- ✦子どもたちの声が生まれ、
- ✦「ただいま・おかえり」と言える場所が生まれた。
- ✦楽しさを先頭に立てると、守れるものがある。
- ✦
- ✦↓
- ✦
- ✦一言でまとめると:
- ✦
- ✦**「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く」**
- ✦
- ✦■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
- ✦- 棚田の高齢化・後継者問題への、具体的で持続可能な仕組みづくり。
- ✦- インフラ維持をめぐる、行政・地主・活動者の三者連携のかたちをどうつくるか?
- ✦- 全国展開における価格問題——個人製造の限界と、地方の道の駅での販売価格のギャップ。
- ✦- 「観光地化しない」という地元の意思を尊重しながら、棚田の認知を広げるバランスの設計。
- ✦- 棚田ハウスを拠点とした関係人口の受け皿づくりと、それを担う人材・体制の持続可能性。
- ✦
- ✦■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
- ✦山口冴希さんという人:「知らない」から、前へ踏み出せる人。
- ✦1、**「深刻にしない人」**:棚田の課題は重い。高齢化、人手不足、儲からない——その現実を知りながら、冴希さんは一度も深刻な顔をしていない。重さを重さのまま担わない。だからこそ10年続いたんだと思う。
- ✦2、**「軽い踏み出しが、全部の始まり」**:夫のインスピレーションで一ヶ月で引っ越す。パパ友の誘いで棚田へ行く。海の家で「アイスかかき氷だよね」とつながる。冴希さんの人生、全部「軽い踏み出し」から始まっている。「知らないからできた、知っていたらやらなかった」——その無知の軽さが、一番の推進力だった。
- ✦3、**「歴史が見える人」**:「棚田を見て美しいと思うのは、守ってきてくれた人たちの歴史を感じるから」——この一言で、冴希さんが景色だけでなく、その背後にある時間に向き合っている人だとわかった。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性。それがあるから、地主さんとの信頼が10年かけて育った。
metadata
source
author
project
number
この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。
ANOMIと対話する