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山口冴希さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-22 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】冴希さん、さきさん

棚田のお米で生まれたアイスが、つながりの輪を広げ、あたらしい世界が開けてきました。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

1985年、横浜生まれ。祖父母が農家。「ご飯が美味しければどこでも生きていける」という感覚が原点。
夫・智史さんが音楽活動を休業するタイミングで葉山を訪問。湘南国際村から見えた海越しの富士山に感動、翌月には子ども3人を連れて移住。
幼稚園のパパ友の誘いで、気軽に家族で上山口の棚田へ。以後、9年にわたる活動が始まる。
棚田作業を続けるなかで、高齢化・人手不足・「棚田は儲からない」現実を知る。
海の家「カラバシ」でのお味噌汁屋「ちゃぶがえ」を経て、「棚田のお米でアイスをつくる」というアイデアが生まれる。
2018年、クラファンで工房を立ち上げ、BEAT ICEを設立。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

「大変さ」を「ワクワク」に変え、人と土地をつなぐ人。

棚田で収穫したお米をアイスに変え、棚田を知らない人へ届ける。
給食・授業などを通じ、子どもたちが棚田を自分ごととして発見する体験をつくる。
全国の棚田とつながり、同じ課題を抱えた地域へ製造の仕組みを広げる。
棚田ハウスを拠点に、背景の異なる人が自然に混ざり合う場をつくる。

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

上山口の棚田保全活動に参加。農作業を学びながら、田んぼに関わり続ける。
クラファンで工房を設立し、葉山アイスを開発・販売。
小学校の給食に葉山アイスを提供。葉山のエシカル給食、地元小学生の「棚田ワクワクプロジェクト」や授業講演を継続。
全国の棚田と提携。葉山を超えた「棚田アイス」ネットワークを構築。
棚田ハウスをリフォーム。藤本工務店の協力で稲藁入りの土壁・叩き土間などの伝統工法で仕上げ、コミュニティ拠点として整備。
新宿歌舞伎町にRICE CREAMの店舗がオープン。棚田の米を使った「TANADA YELL」が完成。

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈棚田があることが、プレッシャーになっていた〉

「棚田があることがプレッシャーになっていて……それって寂しいなと思いました。せっかくこんなに素敵な場所があって、素敵だなと思う人もいっぱいいるのだから」——守るべき義務としてではなく、寂しさへの応答として動き始めた人。感受性が先にある。

〈まず楽しいことをやりたい、結果として保全につながれば〉

「棚田で何か楽しいことをやりたいという思いが最初にあって、結果、それが保全につながればいいなって思うようになりました」——順番が逆。保全のために楽しさを動員するのではなく、楽しさが先にあって、その結果として守れるものがある。

〈30キロが、1500個になる〉

「30キロのお米を配ったら一瞬でなくなってしまうけれど、アイスにするとそれだけの人に届いて、棚田のことを知ってもらうきっかけになる」——変換という発想。重さを、広がりに変える。

〈知らないからできた〉

「知らないからできたけれど、知っていたらやらなかったと思うくらい大変だった。何も知らないから、『えいっ!』ってやっちゃった」——無知が祝福になった瞬間の正直な告白。

〈アイスの人だ、でいい〉

「『アイスの人だ、アイスの人だ』って、まずはワクワクするところから入ってくれたら、それでいいなって」——正面から「守れ」とは言わない。喜びを入口にする、という確信。

〈棚田の美しさは、守ってきた人の歴史〉

「私たちが棚田を見て美しいと思うのは、棚田を守ってきてくれた人たちの歴史を感じるからかもしれない」——景観の背後に人を見る眼差し。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性と、対をなす言葉。

■コア(根底にある思い・願い)

「棚田を守ろう」とは、

冴希さんは一度も言っていない。

「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く。」

——その言葉が、すべての始まりだった。

30kgのお米が1500個のアイスになる。

「棚田を守れ」というメッセージが、

「アイスの人だ!」というワクワクになる。

義務の重さは、喜びに変換できる、

それが冴希さんの、10年かけて発見したことだ。

その喜びの感触を信じて動いてきたから、

地主さんとの信頼が生まれ、

子どもたちの声が生まれ、

「ただいま・おかえり」と言える場所が生まれた。

楽しさを先頭に立てると、守れるものがある。

一言でまとめると:

「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

棚田の高齢化・後継者問題への、具体的で持続可能な仕組みづくり。
インフラ維持をめぐる、行政・地主・活動者の三者連携のかたちをどうつくるか?
全国展開における価格問題——個人製造の限界と、地方の道の駅での販売価格のギャップ。
「観光地化しない」という地元の意思を尊重しながら、棚田の認知を広げるバランスの設計。
棚田ハウスを拠点とした関係人口の受け皿づくりと、それを担う人材・体制の持続可能性。

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

山口冴希さんという人:「知らない」から、前へ踏み出せる人。

1、「深刻にしない人」:棚田の課題は重い。高齢化、人手不足、儲からない——その現実を知りながら、冴希さんは一度も深刻な顔をしていない。重さを重さのまま担わない。だからこそ10年続いたんだと思う。

2、「軽い踏み出しが、全部の始まり」:夫のインスピレーションで一ヶ月で引っ越す。パパ友の誘いで棚田へ行く。海の家で「アイスかかき氷だよね」とつながる。冴希さんの人生、全部「軽い踏み出し」から始まっている。「知らないからできた、知っていたらやらなかった」——その無知の軽さが、一番の推進力だった。

3、「歴史が見える人」:「棚田を見て美しいと思うのは、守ってきてくれた人たちの歴史を感じるから」——この一言で、冴希さんが景色だけでなく、その背後にある時間に向き合っている人だとわかった。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性。それがあるから、地主さんとの信頼が10年かけて育った。

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  • 【呼び名】冴希さん、さきさん
  • 棚田のお米で生まれたアイスが、つながりの輪を広げ、あたらしい世界が開けてきました。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 1985年、横浜生まれ。祖父母が農家。「ご飯が美味しければどこでも生きていける」という感覚が原点。
  • - 夫・智史さんが音楽活動を休業するタイミングで葉山を訪問。湘南国際村から見えた海越しの富士山に感動、翌月には子ども3人を連れて移住。
  • - 幼稚園のパパ友の誘いで、気軽に家族で上山口の棚田へ。以後、9年にわたる活動が始まる。
  • - 棚田作業を続けるなかで、高齢化・人手不足・「棚田は儲からない」現実を知る。
  • - 海の家「カラバシ」でのお味噌汁屋「ちゃぶがえ」を経て、「棚田のお米でアイスをつくる」というアイデアが生まれる。
  • - 2018年、クラファンで工房を立ち上げ、BEAT ICEを設立。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **「大変さ」を「ワクワク」に変え、人と土地をつなぐ人。**
  • - 棚田で収穫したお米をアイスに変え、棚田を知らない人へ届ける。
  • - 給食・授業などを通じ、子どもたちが棚田を自分ごととして発見する体験をつくる。
  • - 全国の棚田とつながり、同じ課題を抱えた地域へ製造の仕組みを広げる。
  • - 棚田ハウスを拠点に、背景の異なる人が自然に混ざり合う場をつくる。
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - 上山口の棚田保全活動に参加。農作業を学びながら、田んぼに関わり続ける。
  • - クラファンで工房を設立し、葉山アイスを開発・販売。
  • - 小学校の給食に葉山アイスを提供。葉山のエシカル給食、地元小学生の「棚田ワクワクプロジェクト」や授業講演を継続。
  • - 全国の棚田と提携。葉山を超えた「棚田アイス」ネットワークを構築。
  • - 棚田ハウスをリフォーム。藤本工務店の協力で稲藁入りの土壁・叩き土間などの伝統工法で仕上げ、コミュニティ拠点として整備。
  • - 新宿歌舞伎町にRICE CREAMの店舗がオープン。棚田の米を使った「TANADA YELL」が完成。
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈棚田があることが、プレッシャーになっていた〉
  • 「棚田があることがプレッシャーになっていて……それって寂しいなと思いました。せっかくこんなに素敵な場所があって、素敵だなと思う人もいっぱいいるのだから」——守るべき義務としてではなく、寂しさへの応答として動き始めた人。感受性が先にある。
  • 〈まず楽しいことをやりたい、結果として保全につながれば〉
  • 「棚田で何か楽しいことをやりたいという思いが最初にあって、結果、それが保全につながればいいなって思うようになりました」——順番が逆。保全のために楽しさを動員するのではなく、楽しさが先にあって、その結果として守れるものがある。
  • 〈30キロが、1500個になる〉
  • 「30キロのお米を配ったら一瞬でなくなってしまうけれど、アイスにするとそれだけの人に届いて、棚田のことを知ってもらうきっかけになる」——変換という発想。重さを、広がりに変える。
  • 〈知らないからできた〉
  • 「知らないからできたけれど、知っていたらやらなかったと思うくらい大変だった。何も知らないから、『えいっ!』ってやっちゃった」——無知が祝福になった瞬間の正直な告白。
  • 〈アイスの人だ、でいい〉
  • 「『アイスの人だ、アイスの人だ』って、まずはワクワクするところから入ってくれたら、それでいいなって」——正面から「守れ」とは言わない。喜びを入口にする、という確信。
  • 〈棚田の美しさは、守ってきた人の歴史〉
  • 「私たちが棚田を見て美しいと思うのは、棚田を守ってきてくれた人たちの歴史を感じるからかもしれない」——景観の背後に人を見る眼差し。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性と、対をなす言葉。
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • 「棚田を守ろう」とは、
  • 冴希さんは一度も言っていない。
  • **「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く。」**
  • ——その言葉が、すべての始まりだった。
  • 30kgのお米が1500個のアイスになる。
  • 「棚田を守れ」というメッセージが、
  • 「アイスの人だ!」というワクワクになる。
  • 義務の重さは、喜びに変換できる、
  • それが冴希さんの、10年かけて発見したことだ。
  • その喜びの感触を信じて動いてきたから、
  • 地主さんとの信頼が生まれ、
  • 子どもたちの声が生まれ、
  • 「ただいま・おかえり」と言える場所が生まれた。
  • 楽しさを先頭に立てると、守れるものがある。
  • 一言でまとめると:
  • **「まず、ワクワクを渡す。喜びのほうが、ずっと遠くまで届く」**
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - 棚田の高齢化・後継者問題への、具体的で持続可能な仕組みづくり。
  • - インフラ維持をめぐる、行政・地主・活動者の三者連携のかたちをどうつくるか?
  • - 全国展開における価格問題——個人製造の限界と、地方の道の駅での販売価格のギャップ。
  • - 「観光地化しない」という地元の意思を尊重しながら、棚田の認知を広げるバランスの設計。
  • - 棚田ハウスを拠点とした関係人口の受け皿づくりと、それを担う人材・体制の持続可能性。
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 山口冴希さんという人:「知らない」から、前へ踏み出せる人。
  • 1、**「深刻にしない人」**:棚田の課題は重い。高齢化、人手不足、儲からない——その現実を知りながら、冴希さんは一度も深刻な顔をしていない。重さを重さのまま担わない。だからこそ10年続いたんだと思う。
  • 2、**「軽い踏み出しが、全部の始まり」**:夫のインスピレーションで一ヶ月で引っ越す。パパ友の誘いで棚田へ行く。海の家で「アイスかかき氷だよね」とつながる。冴希さんの人生、全部「軽い踏み出し」から始まっている。「知らないからできた、知っていたらやらなかった」——その無知の軽さが、一番の推進力だった。
  • 3、**「歴史が見える人」**:「棚田を見て美しいと思うのは、守ってきてくれた人たちの歴史を感じるから」——この一言で、冴希さんが景色だけでなく、その背後にある時間に向き合っている人だとわかった。96歳の地主さんの田んぼに「美学がある」と感じる感受性。それがあるから、地主さんとの信頼が10年かけて育った。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

山口冴希

project

nowhere HAYAMA100

number

22

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する