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真砂秀朗さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-23 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】真砂さん

「コントロール」を手放し、これから「シンクロ」に還っていくんです。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

大学時代にインドへ。エローラ石窟群で「物差しが壊れる」体験。「自我とは何か」という問いを得る。
南青山のシェアハウス→資生堂宣伝部にデザイナーとして入社。「ちょっと逆なところも見てみよう」という軽い気持ちで2年半在籍。
「自分のなかの課題が解決できた」感覚を得てドロップアウト。子供を連れてバリへ。「生活自体がアート」であるバリの暮らしに、インドからの問いへのアンサーを見た。
1979年、葉山へ。仲間と海の家「オアシス」を創設。バリの暮らしを葉山にプランテーションするように実践を始める。
1992年、チャコキャニオン(ニューメキシコ)へ。土地に開かれ、アーティストとして生きることを決意。「チャコジャーニー」アルバム制作。
翌年の誕生日にジョン・レイイナー・ジュニアと出会い、インディアンフルートへ。
63歳頃、病でゼロに。すべての活動が止まる。エリカさんとの海でのセッション・出雲の笛との再会を経て「祈り」アルバム(2021年)で再スタート。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

音と絵と土を、分けずに生きるアーティスト。

インディアンフルートを軸に民族楽器の音色を活かした楽曲を制作し、演奏・アルバムリリースを重ねる。
水彩画・版画・書・シンボルデザインなどビジュアルアートを制作、国内外の場で発表する。
不耕起栽培の棚田を20数年続け、生活とアートが融合したライフスタイルを実践する。
詩画集・エッセイ集など著作・出版活動を通じ、シンクロシステムの世界観を言葉にする。

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

1991年、AWAレーベルを発足。以降17作のアルバムをリリース。国内外で演奏活動を継続。
水彩画・版画・書・シンボルデザインを制作。「鼓童 Earth Celebration」「愛地球博・地球市民村」などのシンボルデザインを手がける。
NHK「映像詩飛鳥」「映像詩 千年続く祈りの風景」音楽、「ガイアシンフォニー」第五・七・九番に楽曲提供。
詩画集「星の神話さがし」、エッセイ集「畔道じかん」、絵本「レインボーブックス」など著作を刊行。2026年2月、集大成となる詩画集『世界はシンクロシステム』を出版。
葉山・堀内の自宅で不耕起栽培の棚田を20数年継続。海の家「オアシス」創設など、葉山のビーチ・山カルチャーの先駆けとして場をつくってきた。

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈アートって、本来がパラドクス〉

「アートって、本来がパラドクスなんですね。行為としてはすごくエゴイスティックで、そうならないと生まれるものではないわけだけど、もっと広い意味では、この世界全体に寄与したいっていう、そこに本質があるんです」——真砂さんの出発点にある問いがそのまま言葉になっている。インドで自我にぶつかり、バリで生活とアートの融合を見つけ、その問いが今も変わらず創作の根っこにある。

〈生活自体がアートだから〉

「生活自体がアートだから、自我にはまらないで表現できる、もうこれだみたいな感じがして」——バリで見た光景。お百姓とアーティストとミュージシャンが一人に宿る暮らし。その発見が、葉山での「プランテーション」の原型になった。

〈本当の自分のアイデンティティがない〉

「本当の自分のアイデンティティがないっていうことに気づいたゼロのところから、リズムとか楽器の音色とか、『これ、感じるな』っていうものを集めて……それが自分のアイデンティティ探しであり、新しいつくり方であり、それに共鳴する人がいることで一つの場ができていく」——ゼロから始まる創造の原理。「感じる」ものを集めると、場が生まれる。

〈流れにまかせればまかせるほど〉

「最近、一回りのご縁が本当に多いんですよ。それが全部シンクロしているから、流れにまかせればまかせるほど、そういう流れになっていく気がしていて」——50年前のエローラに50年後に戻り演奏した。誕生日の落雷、次の誕生日のフルートとの出会い。意図せず円環を描く人生が、シンクロへの確信を育てた。

〈田んぼが「大丈夫、大丈夫」って言ってるから〉

「田んぼに行ったら、田んぼが『大丈夫、大丈夫』って言ってるから、まあいいかと思って、それで動かない選択をした」——3.11のとき、移住か残留かの問いに、真砂さんは田んぼに聞いた。理屈ではなく、土地と対話して決めた。シンクロシステムとは思想である前に、こういう日常の一場面のことだと感じた。

■コア(根底にある思い・願い)

インドで自我にぶつかり、

バリで「生活がアートであれば

自我にはまらない」と知り、

葉山で45年を過ごした。

ゼロになるたびに、

開かれてきた。

コントロールを手放すたびに、

つながってきた。

それが偶然ではないと、

体でわかるまでに、

何十年もかかった。

「感じる」ものを集めると、場が生まれる。

場が生まれると、人が集まる。

人が集まると、また何かが開かれていく。

それがシンクロだと、田んぼが教えてくれた。

一言でまとめると:

「コントロールを手放すほど、世界はシンクロしていく。」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

シンクロシステムの世界観を、異なる文化圏や次の世代にどう手渡していくか?
葉山で生まれ育ったソフト(文化・世界観)を、他の土地にどう移植・実装していくか?
不耕起栽培の棚田の持続——イノシシ問題など現実的な課題と、人が集まる「星時間」のような新しい対応の形をどうつくるか?
テクノロジーが加速する時代に、シンクロシステムの生き方をどう実践・発信していくか?
病後の体力・エネルギーと、表現活動・演奏・制作のバランスをどう保つか?

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

真砂秀朗さんという人:「ゼロになるたびに、開かれてきた人」

1、「一回りのご縁を、ずっと生きてきた人」:50年前にエローラで人生が変わった。50年後にエローラに戻って演奏した。誕生日の落雷、次の誕生日の特別なフルートとの出会い。チャコキャニオンから始まった音楽が、またチャコキャニオンへ戻っていく。真砂さんの人生は、意図せず円環を描いている。「全部がシンクロ、ご縁におまかせ」という言葉が、諦めでも楽観でもなく、体で確かめてきた確信だと伝わってくる。

2、「プランテーションする人」:バリの暮らしを葉山に「植えつける」。インドで見た問いを音楽に「植えつける」。チャコキャニオンの風景を絵に「植えつける」。真砂さんは旅した場所、出会った文化、感じた感覚を、自分の生活と表現に静かに植えつけてきた。それが45年かけて根を張り、いまの葉山の文化の一部になっている。

3、「田んぼに聞く人」:3.11のとき、移住か残留かを田んぼに聞いた。イノシシが来たとき、夜の田んぼで星を見た。真砂さんにとって田んぼは農業の場である前に、対話の相手だ。「コントロールを手放す」とは抽象的な思想ではなく、田んぼが「大丈夫」と言うのを聞いて、それに従う——そういう毎日のことだと、この対話を通じて感じた。

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  • 【呼び名】真砂さん
  • 「コントロール」を手放し、これから「シンクロ」に還っていくんです。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 大学時代にインドへ。エローラ石窟群で「物差しが壊れる」体験。「自我とは何か」という問いを得る。
  • - 南青山のシェアハウス→資生堂宣伝部にデザイナーとして入社。「ちょっと逆なところも見てみよう」という軽い気持ちで2年半在籍。
  • - 「自分のなかの課題が解決できた」感覚を得てドロップアウト。子供を連れてバリへ。「生活自体がアート」であるバリの暮らしに、インドからの問いへのアンサーを見た。
  • - 1979年、葉山へ。仲間と海の家「オアシス」を創設。バリの暮らしを葉山にプランテーションするように実践を始める。
  • - 1992年、チャコキャニオン(ニューメキシコ)へ。土地に開かれ、アーティストとして生きることを決意。「チャコジャーニー」アルバム制作。
  • - 翌年の誕生日にジョン・レイイナー・ジュニアと出会い、インディアンフルートへ。
  • - 63歳頃、病でゼロに。すべての活動が止まる。エリカさんとの海でのセッション・出雲の笛との再会を経て「祈り」アルバム(2021年)で再スタート。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **音と絵と土を、分けずに生きるアーティスト。**
  • - インディアンフルートを軸に民族楽器の音色を活かした楽曲を制作し、演奏・アルバムリリースを重ねる。
  • - 水彩画・版画・書・シンボルデザインなどビジュアルアートを制作、国内外の場で発表する。
  • - 不耕起栽培の棚田を20数年続け、生活とアートが融合したライフスタイルを実践する。
  • - 詩画集・エッセイ集など著作・出版活動を通じ、シンクロシステムの世界観を言葉にする。
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - 1991年、AWAレーベルを発足。以降17作のアルバムをリリース。国内外で演奏活動を継続。
  • - 水彩画・版画・書・シンボルデザインを制作。「鼓童 Earth Celebration」「愛地球博・地球市民村」などのシンボルデザインを手がける。
  • - NHK「映像詩飛鳥」「映像詩 千年続く祈りの風景」音楽、「ガイアシンフォニー」第五・七・九番に楽曲提供。
  • - 詩画集「星の神話さがし」、エッセイ集「畔道じかん」、絵本「レインボーブックス」など著作を刊行。2026年2月、集大成となる詩画集『世界はシンクロシステム』を出版。
  • - 葉山・堀内の自宅で不耕起栽培の棚田を20数年継続。海の家「オアシス」創設など、葉山のビーチ・山カルチャーの先駆けとして場をつくってきた。
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈アートって、本来がパラドクス〉
  • 「アートって、本来がパラドクスなんですね。行為としてはすごくエゴイスティックで、そうならないと生まれるものではないわけだけど、もっと広い意味では、この世界全体に寄与したいっていう、そこに本質があるんです」——真砂さんの出発点にある問いがそのまま言葉になっている。インドで自我にぶつかり、バリで生活とアートの融合を見つけ、その問いが今も変わらず創作の根っこにある。
  • 〈生活自体がアートだから〉
  • 「生活自体がアートだから、自我にはまらないで表現できる、もうこれだみたいな感じがして」——バリで見た光景。お百姓とアーティストとミュージシャンが一人に宿る暮らし。その発見が、葉山での「プランテーション」の原型になった。
  • 〈本当の自分のアイデンティティがない〉
  • 「本当の自分のアイデンティティがないっていうことに気づいたゼロのところから、リズムとか楽器の音色とか、『これ、感じるな』っていうものを集めて……それが自分のアイデンティティ探しであり、新しいつくり方であり、それに共鳴する人がいることで一つの場ができていく」——ゼロから始まる創造の原理。「感じる」ものを集めると、場が生まれる。
  • 〈流れにまかせればまかせるほど〉
  • 「最近、一回りのご縁が本当に多いんですよ。それが全部シンクロしているから、流れにまかせればまかせるほど、そういう流れになっていく気がしていて」——50年前のエローラに50年後に戻り演奏した。誕生日の落雷、次の誕生日のフルートとの出会い。意図せず円環を描く人生が、シンクロへの確信を育てた。
  • 〈田んぼが「大丈夫、大丈夫」って言ってるから〉
  • 「田んぼに行ったら、田んぼが『大丈夫、大丈夫』って言ってるから、まあいいかと思って、それで動かない選択をした」——3.11のとき、移住か残留かの問いに、真砂さんは田んぼに聞いた。理屈ではなく、土地と対話して決めた。シンクロシステムとは思想である前に、こういう日常の一場面のことだと感じた。
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • インドで自我にぶつかり、
  • バリで「生活がアートであれば
  • 自我にはまらない」と知り、
  • 葉山で45年を過ごした。
  • ゼロになるたびに、
  • 開かれてきた。
  • コントロールを手放すたびに、
  • つながってきた。
  • それが偶然ではないと、
  • 体でわかるまでに、
  • 何十年もかかった。
  • 「感じる」ものを集めると、場が生まれる。
  • 場が生まれると、人が集まる。
  • 人が集まると、また何かが開かれていく。
  • それがシンクロだと、田んぼが教えてくれた。
  • 一言でまとめると:
  • **「コントロールを手放すほど、世界はシンクロしていく。」**
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - シンクロシステムの世界観を、異なる文化圏や次の世代にどう手渡していくか?
  • - 葉山で生まれ育ったソフト(文化・世界観)を、他の土地にどう移植・実装していくか?
  • - 不耕起栽培の棚田の持続——イノシシ問題など現実的な課題と、人が集まる「星時間」のような新しい対応の形をどうつくるか?
  • - テクノロジーが加速する時代に、シンクロシステムの生き方をどう実践・発信していくか?
  • - 病後の体力・エネルギーと、表現活動・演奏・制作のバランスをどう保つか?
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 真砂秀朗さんという人:「ゼロになるたびに、開かれてきた人」
  • 1、**「一回りのご縁を、ずっと生きてきた人」**:50年前にエローラで人生が変わった。50年後にエローラに戻って演奏した。誕生日の落雷、次の誕生日の特別なフルートとの出会い。チャコキャニオンから始まった音楽が、またチャコキャニオンへ戻っていく。真砂さんの人生は、意図せず円環を描いている。「全部がシンクロ、ご縁におまかせ」という言葉が、諦めでも楽観でもなく、体で確かめてきた確信だと伝わってくる。
  • 2、**「プランテーションする人」**:バリの暮らしを葉山に「植えつける」。インドで見た問いを音楽に「植えつける」。チャコキャニオンの風景を絵に「植えつける」。真砂さんは旅した場所、出会った文化、感じた感覚を、自分の生活と表現に静かに植えつけてきた。それが45年かけて根を張り、いまの葉山の文化の一部になっている。
  • 3、**「田んぼに聞く人」**:3.11のとき、移住か残留かを田んぼに聞いた。イノシシが来たとき、夜の田んぼで星を見た。真砂さんにとって田んぼは農業の場である前に、対話の相手だ。「コントロールを手放す」とは抽象的な思想ではなく、田んぼが「大丈夫」と言うのを聞いて、それに従う——そういう毎日のことだと、この対話を通じて感じた。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

真砂秀朗

project

nowhere HAYAMA100

number

23

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する