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高須勇人さんの対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-26 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】高須さん

自分の中に葉山が染み込んでいる。だから、それが自然とにじみ出てくるんです。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

1964年東京生まれ。通っていた高校が私服で、友達に「それパジャマ?」と言われるほど、のびやかな着こなしが体に馴染んでいた。
19歳でアメリカへ。アイダホ、ワシントンを経てカリフォルニアへ。経済学部とテニス部の日々を送りながら、7年間を過ごす。「18歳までにできた性格の色づけは、アメリカだった」。
父の倒れを機に帰国。家業のアパレル会社に入社するも、東京の満員電車に「まったく合わない」ため、25歳頃に逗子へ移住。
1992年、代官山にG.O.D.をオープン。「葉山あたりの空気感のお店がやりたい」という思いが膨らんでいく。
1995年、永井宏さんが開いていた「サンライト・ギャラリー」(かやの木テラス)の半分を間借りする形で、SUNSHINE+CLOUDを葉山にスタート。
人が来ないなかでアナログカタログの制作を始める。
2009年、奄美大島にPARADISE+INN、PARADISE STOREを展開。
2011年の東日本大震災を機に福島支援へ向かい、虎屋の保養所物件と出会う。2013年4月、現在地にSUNSHINE+CLOUDを移転・オープン。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

余白の世界を感じながら、形にしつづける人。

服・カタログ・店舗・家具・デザインなど、生活の全領域を形にする。
バイブレーションを頼りに、素材・ブランド・場所を選ぶ。
白黒のカタログ、余白のある店舗空間など、情報を絞った設計を続ける。
時間をかけて根を張り、「ここにあって良かった」と思われる場を育てる。

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

1992年、代官山にG.O.D.をオープン。セレクトショップの先駆けとして、海外・国内のものを自分の基準で選ぶスタイルを確立。
1995年、葉山・かやの木テラスにSUNSHINE+CLOUDを開店。
同時期にアナログカタログの制作をスタート。現在60号を数える。
2013年、現在地に移転。花屋、カフェも備えた「生活を体現できる」場として開設。
2009年、奄美大島にPARADISE+INN、PARADISE STOREを展開。
服飾・雑貨・家具・店舗内装・住宅リフォームのデザインも幅広く手がける。

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈染み込んでいるから、染み出てくる〉

「意図して葉山を表現しているわけじゃないけど、僕のなかには葉山が染み込んでいる。葉山とか逗子とか、海辺の暮らしが染み込んでいるから、それが染み出てくればいいですよね。」——「表現する」のではなく「染み出てくる」。作為のない能動性。

〈ここの生活をそのまま表現するお店がやりたい〉

「短パン履いて、ビーサンにTシャツで通えて、そのままお店に立てるような……。『ここの生活をそのまま表現するようなお店がやりたい』っていうのが、スタートだったかな。」——SUNSHINE+CLOUDの原点がここにある。

〈バイブレーション、「えっ?」から始まる〉

「バイブレーションかな、ものからの。土地もあるし、人からも出てくるし。」「『えっ、何これ?』ってなるんです。それで、つくっている場所に行ったり、つくっている人に会いに行ったりすると、『うわっ』となる。」——選ぶ基準は感覚だけ。理由は後からついてくる。

〈情報を絞ると、余白が生まれる〉

「情報が多すぎると、想像する余白がなくなっちゃうじゃないですか。そういう意味で、白黒にしていたり、あえて多くを語らない部分があったり。」——カタログも、店も、朝の時間も、すべて「余白をつくる」行為として一貫している。

〈道を掃くみたいに積み重ねる〉

「僕らはそういうことじゃないから、できる限り道を掃くみたいに積み重ねていくしかないのかなって。」——熱量の正体。派手さも強がりもない、地道な継続の哲学。

■コア(根底にある思い・願い)

「作為なく、染み出るものだけが、人の想像を開く。」

その一言が、この30年のすべてを言い表している。

白黒のカタログに余白を残し、

短パンのまま店に立ち、

朝の海沿いを歩いて情報をリセットする。

「えっ?」と感じたバイブレーションだけを信じて、

つくっている人に会いに行く。

染み込んだものが、

自然と染み出てくる。

だから、見る人に、想像する余白が生まれる。

一言でまとめると:

「作為なく、染み出るものだけが、人の想像を開く」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

デジタルの時代に「アナログカタログを続ける意味があるのか」という自問——「やめたって売り上げは変わらないかもしれない」という揺れを、どう抱え続けるか?
3人の息子、あるいは誰かへのバトンタッチ——「この形がどんどん進化しつつより良くなっていく」継承を、どう実現するか?
「ここにあって良かった」という場を育てるには10年以上かかるという地域の時間軸を、スタッフや次世代とどう共有するか?
葉山と奄美という二拠点の関係を、どう深め・広げていくか?

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

高須勇人さんという人:「染み込ませてきた人」

1、「短パンで、来られるかどうか」という基準:「選択する時の基準は?」と問われて「好きか嫌いかだけの話。それ以上でもそれ以下でもない」と答えた高須さんは、実はもっと具体的な基準を持っていた——短パンとビーサンのまま、そこに行けるかどうか。代官山に行くと革靴を履いてしまう。葉山なら短パンで通える。その生活感覚の基準が、30年の仕事を貫いている。「好きか嫌いか」という言葉は単純に見えて、実は体が知っているかどうか、という問いだ。

2、「染み込む」という積極的な受動性:意図して表現しているのではなく、染み込んでいるから染み出てくる——これを言える人は、実際に時間をかけて染み込ませてきた人だ。毎朝50分、海沿いを歩く。朝の余白の時間。「思い詰めていることがあったら、ずっと思い詰める」という一言も、情報をリセットするためではなく、内側のものと向き合うためだ。30年かけて体に入れてきたものが、あの店の空気になっている。

3、「道を掃く」という熱量:「できる限り道を掃くみたいに積み重ねていくしかない」——大きな資本がある人なら「ボンとやれる」。でも高須さんはそうじゃない。スタンプを500枚押して、車で友達のところに配って、FAXの紙がフロアに散らばっていて……。その熱量が30年続いている。派手さのない、地道な継続の底に、「それがなくなったら継続できない気もする」という核がある。

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  • 【呼び名】高須さん
  • 自分の中に葉山が染み込んでいる。だから、それが自然とにじみ出てくるんです。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 1964年東京生まれ。通っていた高校が私服で、友達に「それパジャマ?」と言われるほど、のびやかな着こなしが体に馴染んでいた。
  • - 19歳でアメリカへ。アイダホ、ワシントンを経てカリフォルニアへ。経済学部とテニス部の日々を送りながら、7年間を過ごす。「18歳までにできた性格の色づけは、アメリカだった」。
  • - 父の倒れを機に帰国。家業のアパレル会社に入社するも、東京の満員電車に「まったく合わない」ため、25歳頃に逗子へ移住。
  • - 1992年、代官山にG.O.D.をオープン。「葉山あたりの空気感のお店がやりたい」という思いが膨らんでいく。
  • - 1995年、永井宏さんが開いていた「サンライト・ギャラリー」(かやの木テラス)の半分を間借りする形で、SUNSHINE+CLOUDを葉山にスタート。
  • - 人が来ないなかでアナログカタログの制作を始める。
  • - 2009年、奄美大島にPARADISE+INN、PARADISE STOREを展開。
  • - 2011年の東日本大震災を機に福島支援へ向かい、虎屋の保養所物件と出会う。2013年4月、現在地にSUNSHINE+CLOUDを移転・オープン。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **余白の世界を感じながら、形にしつづける人。**
  • - 服・カタログ・店舗・家具・デザインなど、生活の全領域を形にする。
  • - バイブレーションを頼りに、素材・ブランド・場所を選ぶ。
  • - 白黒のカタログ、余白のある店舗空間など、情報を絞った設計を続ける。
  • - 時間をかけて根を張り、「ここにあって良かった」と思われる場を育てる。
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - 1992年、代官山にG.O.D.をオープン。セレクトショップの先駆けとして、海外・国内のものを自分の基準で選ぶスタイルを確立。
  • - 1995年、葉山・かやの木テラスにSUNSHINE+CLOUDを開店。
  • - 同時期にアナログカタログの制作をスタート。現在60号を数える。
  • - 2013年、現在地に移転。花屋、カフェも備えた「生活を体現できる」場として開設。
  • - 2009年、奄美大島にPARADISE+INN、PARADISE STOREを展開。
  • - 服飾・雑貨・家具・店舗内装・住宅リフォームのデザインも幅広く手がける。
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈染み込んでいるから、染み出てくる〉
  • 「意図して葉山を表現しているわけじゃないけど、僕のなかには葉山が染み込んでいる。葉山とか逗子とか、海辺の暮らしが染み込んでいるから、それが染み出てくればいいですよね。」——「表現する」のではなく「染み出てくる」。作為のない能動性。
  • 〈ここの生活をそのまま表現するお店がやりたい〉
  • 「短パン履いて、ビーサンにTシャツで通えて、そのままお店に立てるような……。『ここの生活をそのまま表現するようなお店がやりたい』っていうのが、スタートだったかな。」——SUNSHINE+CLOUDの原点がここにある。
  • 〈バイブレーション、「えっ?」から始まる〉
  • 「バイブレーションかな、ものからの。土地もあるし、人からも出てくるし。」「『えっ、何これ?』ってなるんです。それで、つくっている場所に行ったり、つくっている人に会いに行ったりすると、『うわっ』となる。」——選ぶ基準は感覚だけ。理由は後からついてくる。
  • 〈情報を絞ると、余白が生まれる〉
  • 「情報が多すぎると、想像する余白がなくなっちゃうじゃないですか。そういう意味で、白黒にしていたり、あえて多くを語らない部分があったり。」——カタログも、店も、朝の時間も、すべて「余白をつくる」行為として一貫している。
  • 〈道を掃くみたいに積み重ねる〉
  • 「僕らはそういうことじゃないから、できる限り道を掃くみたいに積み重ねていくしかないのかなって。」——熱量の正体。派手さも強がりもない、地道な継続の哲学。
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • **「作為なく、染み出るものだけが、人の想像を開く。」**
  • その一言が、この30年のすべてを言い表している。
  • 白黒のカタログに余白を残し、
  • 短パンのまま店に立ち、
  • 朝の海沿いを歩いて情報をリセットする。
  • 「えっ?」と感じたバイブレーションだけを信じて、
  • つくっている人に会いに行く。
  • 染み込んだものが、
  • 自然と染み出てくる。
  • だから、見る人に、想像する余白が生まれる。
  • 一言でまとめると:
  • **「作為なく、染み出るものだけが、人の想像を開く」**
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - デジタルの時代に「アナログカタログを続ける意味があるのか」という自問——「やめたって売り上げは変わらないかもしれない」という揺れを、どう抱え続けるか?
  • - 3人の息子、あるいは誰かへのバトンタッチ——「この形がどんどん進化しつつより良くなっていく」継承を、どう実現するか?
  • - 「ここにあって良かった」という場を育てるには10年以上かかるという地域の時間軸を、スタッフや次世代とどう共有するか?
  • - 葉山と奄美という二拠点の関係を、どう深め・広げていくか?
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 高須勇人さんという人:「染み込ませてきた人」
  • 1、**「短パンで、来られるかどうか」という基準**:「選択する時の基準は?」と問われて「好きか嫌いかだけの話。それ以上でもそれ以下でもない」と答えた高須さんは、実はもっと具体的な基準を持っていた——短パンとビーサンのまま、そこに行けるかどうか。代官山に行くと革靴を履いてしまう。葉山なら短パンで通える。その生活感覚の基準が、30年の仕事を貫いている。「好きか嫌いか」という言葉は単純に見えて、実は体が知っているかどうか、という問いだ。
  • 2、**「染み込む」という積極的な受動性**:意図して表現しているのではなく、染み込んでいるから染み出てくる——これを言える人は、実際に時間をかけて染み込ませてきた人だ。毎朝50分、海沿いを歩く。朝の余白の時間。「思い詰めていることがあったら、ずっと思い詰める」という一言も、情報をリセットするためではなく、内側のものと向き合うためだ。30年かけて体に入れてきたものが、あの店の空気になっている。
  • 3、**「道を掃く」という熱量**:「できる限り道を掃くみたいに積み重ねていくしかない」——大きな資本がある人なら「ボンとやれる」。でも高須さんはそうじゃない。スタンプを500枚押して、車で友達のところに配って、FAXの紙がフロアに散らばっていて……。その熱量が30年続いている。派手さのない、地道な継続の底に、「それがなくなったら継続できない気もする」という核がある。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

高須勇人

project

nowhere HAYAMA100

number

26

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する