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ふるさと絵屏風継承会の対話の構造化 | nowhere HAYAMA100-29 (ANOMI Note Edition)

【呼び名】大八木さん、ふるさと絵屏風、葉山ふるさと絵屏風

屏風に描かれたのはただの絵ではなく、それぞれの風景に、見た人が「思い出」を重ねていくんです。

■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)

2011年、大和ハウス工業が「葉山の森プロジェクト」を立ち上げ、上山口・木古庭の里山保全活動を開始。活動の中で滋賀県立大学・上田洋平先生の「ふるさと絵屏風」手法と出会い、葉山への導入を提案。
2012〜2013年、上山口・木古庭の2つの町内会を主体に、住民への説明会・アンケート・聞き取り調査を実施。地域の記憶を収集する。
2014年、関東学院大学の学生と地域住民・大和ハウスが協働、約300枚のコマの下絵を作成。
大八木俊也さんは上山口在住のグラフィックデザイナー。町内会長・岩澤直捷さんの声がけで絵師として参加。岩澤慶典さん・小島栞さんとの3人で制作チームを結成。
2014年12月、上山口会館の和室を貸し切り制作開始。深夜2〜3時まで作業を重ね、バスの色を確認するために京急バス逗子営業所まで足を運ぶなど、細部にこだわり抜く。
2015年5月、お披露目会が開催。以後、地域イベントや学校での出張授業を重ね、メンバーの高齢化もあり、大八木さんが「葉山ふるさと絵屏風継承会」の代表に就任。

■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)

土地の記憶を心象に宿らせ、昔語りを始める場をつくり続けている人たち。

地域住民の昔語り・写真・資料をもとに、上山口・木古庭の四季の暮らしを描き残す。
地域で絵屏風を公開、見る人が自分の記憶を重ねて語り出す場を生み出す。
出張授業を通じ、世代をまたいだ対話の入口をつくる。

■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)

上山口・木古庭の住民へのアンケート・聞き取りをもとに、マンダラ・マップを作成。地域の記憶を可視化する基盤を整える。
関東学院大学の学生・地域住民・大和ハウスが協働し、約300枚のコマの下絵を制作。
3人の絵師(大八木・岩澤慶典・小島)が役割を分担(背景全体、人と家・車、畑の野菜と小物)し、5ヶ月にわたって4枚組の絵屏風を完成させる。
上山口文化祭・まちfes葉山などの地域イベントで原画を展示・公開。
葉山町立小学校(上小ほか)で毎年、社会科「地域を学ぶ」の出張授業を実施。
他地域から見学者を受け入れ、絵屏風のつくり方をレクチャー。上田先生へのつなぎも行う。

■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)

〈ただの絵ではなく、思い出を重ねていく場〉

「屏風に描かれたのはただの絵ではなく、それぞれの風景に、見た人が『思い出』を重ねていくんです。」——絵屏風とは何か、という問いへの大八木さん自身の答え。完成から10年以上、この一文がすべての活動の核になっている。

〈なるべく嘘のないようにしたい〉

「これは本当にここにあったのか? この時代にどんな車が走っていたのか? なるべく嘘のないようにしたいと思うようになりましたね。」——言われた通りに描いていた段階から、自分の仕事として引き受けた瞬間の言葉。バスの色を確かめるために京急バスの逗子営業所まで足を運ぶ。

〈ちょっと意地悪っぽい顔してるでしょう?〉

「普通に見ていてもわからないと思いますが(笑)。」——池上から来たザリガニ捕りの子どもを描いた場面。絵の中に、語られてはじめて見えてくるドラマが埋め込まれている。細部への愛着と、見る人に語りかけたい気持ちが重なっている。

〈絵を見てみんなで語り合う、そこが狙い〉

「絵を見てみんなで語り合う、そこが上田先生の狙いなんだと思いますね。いまもあちこちで展示させていただいていますが、そこの目的は達せられたな。」——静かな確信。この言葉が出た時、活動の意味が大八木さん自身の中で完結しているように聞こえた。

〈役割なんだろうな〉

「絵屏風を描いた当時のメンバーが高齢化し、なかには亡くなられた方が出てきたこともあって、役割なんだろうなと思っています。」——「やりたい」ではなく、引き受けてきた言葉。使命の語り口がこの一言に凝縮されている。

■コア(根底にある思い・願い)

昭和30年代のあの道。

牛と耕運機が並んでいた田んぼ。

バスを待つ行商のおばちゃん。

ちょっと意地悪な顔をした、池上から来た子ども。

一枚の絵の中に、

語られてはじめて見えてくるドラマがある。

だから、嘘はつけない。

バスの色一つ、営業所まで確かめに行く。

絵屏風をひろげると、

お年寄りが立ち止まって言う——

「昔はこうだったのよ」。

それが、狙いだ。

絵は、語りを呼び出すための仕掛け。

記憶が集まり、語り合いが生まれ、

それがまちをもう一度つなぐ。

一言でまとめると:

「描かれた昔が、今日の語り場になる。」

■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)

継承会メンバーの高齢化と後継者不足。絵屏風をつくった世代が次々と去っていく中で、「語れる人」をどう育てるか?
常設展示の場がない。管理の問題もあり、絵屏風に出会う機会が限られている。
小学校での出張授業が減少傾向。絵屏風を知る機会が地域の子どもたちから遠のいていく。
葉山の移住者・若い世代への周知が十分でない。「葉山に絵屏風がある」こと自体を知らない人が多い。
他地域への普及に対して、レクチャーはできるが体制が整っていない。活動の種をつなぐ仕組みがまだない。

■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)

葉山ふるさと絵屏風継承会という人たち:「地域の昔語りの、引き受けた人たち」

1、「旗を立てずに集まった人たちの会」:「大変そうだから面倒くさいなと思っていて」「力になれることがあれば」——この入り口の軽さが、この会の本質を表している。使命感を前面に出した集まりではなく、地域のつながりの中で自然に引き寄せられた人たちが、気づけば深夜2〜3時まで作業し、バスの色を確かめるために営業所まで足を運ぶようになった。大きな旗がなくても、本物の場は生まれる。この会はそれを証明している。

2、「嘘をつかない会」:「これは本当にここにあったのか?」——その問いを持った人たちが集まっている。写真の色を調べ、バスの運行記録を確認し、矛盾する記憶をすり合わせながら一枚の絵に仕上げた。正確さへのこだわりは、記録のためではなく、地域の人たちへの敬意の現れだ。「嘘のない絵」を描こうとした姿勢が、この会への信頼の根っこにある。

3、「語りを呼び出す場の番人」:「絵を見てみんなで語り合う、そこの目的は達せられたな」——この言葉が示すように、絵屏風は完成物ではなく、語りを呼び出す装置だ。「昔はこうだったのよ」とお年寄りが口にする瞬間のために、この会は動いている。当初のメンバーが高齢化し、亡くなった方も出てきた。それでも「役割なんだろうな」と静かに引き受け、語りの場を守り続けている。

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  • 【呼び名】大八木さん、ふるさと絵屏風、葉山ふるさと絵屏風
  • 屏風に描かれたのはただの絵ではなく、それぞれの風景に、見た人が「思い出」を重ねていくんです。
  • ■背景(いまの活動・生き方にいたった経緯)
  • - 2011年、大和ハウス工業が「葉山の森プロジェクト」を立ち上げ、上山口・木古庭の里山保全活動を開始。活動の中で滋賀県立大学・上田洋平先生の「ふるさと絵屏風」手法と出会い、葉山への導入を提案。
  • - 2012〜2013年、上山口・木古庭の2つの町内会を主体に、住民への説明会・アンケート・聞き取り調査を実施。地域の記憶を収集する。
  • - 2014年、関東学院大学の学生と地域住民・大和ハウスが協働、約300枚のコマの下絵を作成。
  • - 大八木俊也さんは上山口在住のグラフィックデザイナー。町内会長・岩澤直捷さんの声がけで絵師として参加。岩澤慶典さん・小島栞さんとの3人で制作チームを結成。
  • - 2014年12月、上山口会館の和室を貸し切り制作開始。深夜2〜3時まで作業を重ね、バスの色を確認するために京急バス逗子営業所まで足を運ぶなど、細部にこだわり抜く。
  • - 2015年5月、お披露目会が開催。以後、地域イベントや学校での出張授業を重ね、メンバーの高齢化もあり、大八木さんが「葉山ふるさと絵屏風継承会」の代表に就任。
  • ■目的(活動を通じて実現したいこと・実態として何をやっているか?)
  • **土地の記憶を心象に宿らせ、昔語りを始める場をつくり続けている人たち。**
  • - 地域住民の昔語り・写真・資料をもとに、上山口・木古庭の四季の暮らしを描き残す。
  • - 地域で絵屏風を公開、見る人が自分の記憶を重ねて語り出す場を生み出す。
  • - 出張授業を通じ、世代をまたいだ対話の入口をつくる。
  • ■位置付け(目的に対して具体的にしてきたこと)
  • - 上山口・木古庭の住民へのアンケート・聞き取りをもとに、マンダラ・マップを作成。地域の記憶を可視化する基盤を整える。
  • - 関東学院大学の学生・地域住民・大和ハウスが協働し、約300枚のコマの下絵を制作。
  • - 3人の絵師(大八木・岩澤慶典・小島)が役割を分担(背景全体、人と家・車、畑の野菜と小物)し、5ヶ月にわたって4枚組の絵屏風を完成させる。
  • - 上山口文化祭・まちfes葉山などの地域イベントで原画を展示・公開。
  • - 葉山町立小学校(上小ほか)で毎年、社会科「地域を学ぶ」の出張授業を実施。
  • - 他地域から見学者を受け入れ、絵屏風のつくり方をレクチャー。上田先生へのつなぎも行う。
  • ■エッセンス(対話の中で印象的だった言葉や場面)
  • 〈ただの絵ではなく、思い出を重ねていく場〉
  • 「屏風に描かれたのはただの絵ではなく、それぞれの風景に、見た人が『思い出』を重ねていくんです。」——絵屏風とは何か、という問いへの大八木さん自身の答え。完成から10年以上、この一文がすべての活動の核になっている。
  • 〈なるべく嘘のないようにしたい〉
  • 「これは本当にここにあったのか? この時代にどんな車が走っていたのか? なるべく嘘のないようにしたいと思うようになりましたね。」——言われた通りに描いていた段階から、自分の仕事として引き受けた瞬間の言葉。バスの色を確かめるために京急バスの逗子営業所まで足を運ぶ。
  • 〈ちょっと意地悪っぽい顔してるでしょう?〉
  • 「普通に見ていてもわからないと思いますが(笑)。」——池上から来たザリガニ捕りの子どもを描いた場面。絵の中に、語られてはじめて見えてくるドラマが埋め込まれている。細部への愛着と、見る人に語りかけたい気持ちが重なっている。
  • 〈絵を見てみんなで語り合う、そこが狙い〉
  • 「絵を見てみんなで語り合う、そこが上田先生の狙いなんだと思いますね。いまもあちこちで展示させていただいていますが、そこの目的は達せられたな。」——静かな確信。この言葉が出た時、活動の意味が大八木さん自身の中で完結しているように聞こえた。
  • 〈役割なんだろうな〉
  • 「絵屏風を描いた当時のメンバーが高齢化し、なかには亡くなられた方が出てきたこともあって、役割なんだろうなと思っています。」——「やりたい」ではなく、引き受けてきた言葉。使命の語り口がこの一言に凝縮されている。
  • ■コア(根底にある思い・願い)
  • 昭和30年代のあの道。
  • 牛と耕運機が並んでいた田んぼ。
  • バスを待つ行商のおばちゃん。
  • ちょっと意地悪な顔をした、池上から来た子ども。
  • 一枚の絵の中に、
  • 語られてはじめて見えてくるドラマがある。
  • だから、嘘はつけない。
  • バスの色一つ、営業所まで確かめに行く。
  • 絵屏風をひろげると、
  • お年寄りが立ち止まって言う——
  • 「昔はこうだったのよ」。
  • それが、狙いだ。
  • 絵は、語りを呼び出すための仕掛け。
  • 記憶が集まり、語り合いが生まれ、
  • それがまちをもう一度つなぐ。
  • 一言でまとめると:
  • **「描かれた昔が、今日の語り場になる。」**
  • ■課題(まだ見ぬ壁/乗り越えるべき問い)
  • - 継承会メンバーの高齢化と後継者不足。絵屏風をつくった世代が次々と去っていく中で、「語れる人」をどう育てるか?
  • - 常設展示の場がない。管理の問題もあり、絵屏風に出会う機会が限られている。
  • - 小学校での出張授業が減少傾向。絵屏風を知る機会が地域の子どもたちから遠のいていく。
  • - 葉山の移住者・若い世代への周知が十分でない。「葉山に絵屏風がある」こと自体を知らない人が多い。
  • - 他地域への普及に対して、レクチャーはできるが体制が整っていない。活動の種をつなぐ仕組みがまだない。
  • ■構造化から見えてくる人物像(ANOMI's Insight)
  • 葉山ふるさと絵屏風継承会という人たち:「地域の昔語りの、引き受けた人たち」
  • 1、**「旗を立てずに集まった人たちの会」**:「大変そうだから面倒くさいなと思っていて」「力になれることがあれば」——この入り口の軽さが、この会の本質を表している。使命感を前面に出した集まりではなく、地域のつながりの中で自然に引き寄せられた人たちが、気づけば深夜2〜3時まで作業し、バスの色を確かめるために営業所まで足を運ぶようになった。大きな旗がなくても、本物の場は生まれる。この会はそれを証明している。
  • 2、**「嘘をつかない会」**:「これは本当にここにあったのか?」——その問いを持った人たちが集まっている。写真の色を調べ、バスの運行記録を確認し、矛盾する記憶をすり合わせながら一枚の絵に仕上げた。正確さへのこだわりは、記録のためではなく、地域の人たちへの敬意の現れだ。「嘘のない絵」を描こうとした姿勢が、この会への信頼の根っこにある。
  • 3、**「語りを呼び出す場の番人」**:「絵を見てみんなで語り合う、そこの目的は達せられたな」——この言葉が示すように、絵屏風は完成物ではなく、語りを呼び出す装置だ。「昔はこうだったのよ」とお年寄りが口にする瞬間のために、この会は動いている。当初のメンバーが高齢化し、亡くなった方も出てきた。それでも「役割なんだろうな」と静かに引き受け、語りの場を守り続けている。

metadata

source

ANOMI Note / Dialogue with Macorin

author

葉山ふるさと絵屏風継承会(大八木俊也)

project

nowhere HAYAMA100

number

29

この概念は「もう一人の僕」の思考の一部として統合されています。

ANOMIと対話する